palindrome

ノマドランドのpalindromeのネタバレレビュー・内容・結末

ノマドランド(2020年製作の映画)
3.7

このレビューはネタバレを含みます

定住する機会がありながら、ノマドであることを選ぶお話で、こらといって大きな展開があるわけでもなく、基本的には旅と仕事の繰り返し、その間のちょっとした人々との交流のシーンで進行する。

一人でいるときの無表情な長い沈黙と、ノマドの仲間といるときの社交的な顔のコントラストが印象的で、主人公には独特な存在感がある。でも、何を考えているのかがなかなかつかめない。単調な印象を受けるけど、この独特な緊張感と華やかではないが美しい映像で見続けられた。

本当に静かに進行する話ではあるけれど、終盤の老人との会話は踏み込んだ心情の吐露があり、物語のクライマックスとなっている。もともと人々の心の内について多くを語らない映画なので、多様な解釈を許していると思う。それでも、亡き夫のことを語りながら「思い出は生き続ける」と語るこのシーンは主人公の内面にグッと近づけたような印象を与えてくれた。

同じくエンパイアを出発するシーンなのに、映画の冒頭とラストでは全く違う心境で眺められた。最初は、「ノマドの生き方は貧しい、寂しい、寒い、でも楽しさもあるものなんだろう」「主人公のファーンはそれを求める変わり者なんだろう」ぐらいの捉えでしかなかった。だから、定住のチャンスを見送る際には、誰かに頼ることができない強くとも不器用な存在に見えた。でも、青年に詩を授けた場面や、老人との語りを見た後では、「彼女にはこの生き方しかない」「自分が彼女の友人なら、温かく見送ることしかできない」という考えに変わっていた。これは、彼女自身がモノや土地への執着を断ち切った(物語の主人公が前に進んだ)からということもあるけど、それ以上に、人々との交流の中で漏れ出すように垣間見えてきた彼女の生き方に自分が勝手に共鳴したからだと思う。

主人公は今でも暗唱できるほど詩を愛する人であり、何よりも夫との幸せな思い出が生きる糧となっている。物語の沈黙では、昔読んだ詩に思いを馳せながら、大切な夫を思い出の中で生かし続けていたのかもしれない。そしてそれが最愛の夫を亡くした後の彼女が生きる意味になっているのかもしれない。そんな彼女にとって、新しい「生活」を始めることは、世俗の忙しなさに身を任せることで、夫の思い出の新鮮さを薄め、結果として自分の生きる意味を失くしてしまうことでもあったのかなと。それは過去に浸る弱さでもあり、見方によっては後ろ向きなものではあるけど、そんな生き方を否定することは誰にもできない。それを感じたからこそ老人は「高齢者の多くは悲しみを抱えているけど、それでいいんだ」という趣旨のことを語ったのではないかとも思える。

現代ではポジティブシンキングが是とされるし、過去を拠り所にするような生き方に賛同できない人だっている。でも、未来への希望という瑞瑞しい活力だけじゃ生きていけない人だっている。そんな人たちにも生きる理由がある。先に逝ってしまった主人公の友人も、アラスカでの美しい思い出があったから高齢で健康に不安があるにも関わらず過酷な旅に出られたのではないか。

この部分は作品そのものが描いているものからはかなりの飛躍ではあるけども、自分はこんなメッセージをノマドランドから受け取った。

この手の内面を多くを語らない作品というのは、解釈の幅も実に多様。作り手も一つの明確に言語化されたメッセージを込めて作ったとは思えない。能動的に解釈したがる自分のような視聴者を惹き付ける不思議な魅力がある。しかし、それは華やかなものではないから、ある種の退屈さとも表裏一体になる。この作品が素晴らしいのは、本当に絶妙なレベルの展開面でのアクセント(定住を望む周囲との不協和)だとか、美しい風景と音楽によって支えられていることにあるのではないかと思う。ただ、これは受け手の主観的な要素が大きいので、人によっては退屈と感じてしまうかもしれない。

自分は好きです。
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