苦しいのは、若いから。
子供でもない大人でもないその狭間で
10代はあまりにも多くのことを経験する。
時に強要され制限され、選択を強いられる。
自由や解放や救いを求めようとするがまだ未熟な脳はその多くのことを処理し切れない。
若いって苦痛だということ
耐えられないほどの痛みであること
それらの事実を避けることができない。
そしてその面ぶらりんな10代を抜けて
彼らがなる大人というものは、
どうにか宙ぶらりんの時期を
生きて脱した結局は
”傷ついた子供の姿であるという。
つまり、
10代であることの意味は苦痛を経験すること
なのかなと思う。
そして大人になるとは
苦しみを‘乗り越える’とはまた少し違って
そういった傷や痛みを抱えながら
新しい選択をし、前に進もうと決意し、
生きていくと決めることだと思う。
太宰治も、
「大人とは青年に裏切られた姿である」
というように大人になるということに
若者は理想が打ち砕かれた現実を生きるという
過程が存在するに違いないんだと思う。