うつろあくた

結婚は慎重に!のうつろあくたのネタバレレビュー・内容・結末

結婚は慎重に!(2020年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

【あらすじ】
密かに愛を育んでいたカールティクとアマン。アマンが親戚の結婚式のため帰郷した時、二人の関係が彼の父に知られてしまう。パニックを起こした両親に逆らえず、アマンは許嫁との結婚を承諾する。諦めきれないカールティクは、説得を試みる。(IMW2020サイトより)


『僕らは毎日戦っている。でも家族との戦いが一番つらい』カールティク

人の数だけ「常識」があり、皆その「常識」を拠り所にして人生の選択をする。歳を経るほど心身に染み付いた「常識」を書き換えるのは難しくなる。生きるとは「常識」と「常識」のぶつかり合いだ。『結婚は慎重に!』は、主役のゲイカップルのラブストーリーであると同時に、アマンの父の葛藤の物語だった。

足立区の区議の差別発言は記憶に新しいが、似たような発言は僕の身の回りにもある。例えば今年の春先の話。要約すると「結婚して子供を作って親孝行するのが幸福。それ以外は全て孤独死」そのようなことをえらい人が言った。それに対して「もし僕が同性愛者だったとしたらどうしますか?」と訊ねたら、答えは「好きにしてください。幸せにはならないだろうけど」だった。「子供を育てやすい環境にします」なら反対などしない。だが、どうしてそこにマイノリティを蔑んでおく作法があるのか?福祉を謳いながらそこから漏れたものを叩く。それは善意の旗を振りながら行われる一番厄介な差別のかたちだ。

アマンの父も(もちろん世間体もあっただろうが)異性婚が息子の幸せになると信じていた。だが幸せを願うことと、幸せの形を押し付けることは違う。親の考える「失敗」も「不幸」も、子供たちにとっては「成功」や「幸福」であるかもしれないのだ。


対するカールティクは“ヒーロー”だ。彼は作中でもたびたびそう呼ばれる。ヒーローの面目躍如は恋人アマンがカールティクのために家族との関係を断ち切ろうとするのをたしなめる場面だ。カールティクは恋人をその家族ごと愛そうとする。それはなによりも「恋人が幸せになること」を第一に考えているからだ。家族を捨てては恋人が真の幸せを得ることができないと分かっているのだ。作中には駆け落ちするカップルが何組か出てくる。しかし彼だけは“駆け落ちしない!”のだ。ヒーローは逃げださない!


アマンの叔父チャマンも小さなヒーローだ。

チャマン「いつ男が好きだと気づいた?」
カールティク「あんたはいつから女が好きだった?」
チャマン「!」

このやりとりからすぐ気づけるチャマンは聡明だ。ちょうどくだんの区議が「同性愛は趣味」と発言したことと対照的だ。チャマンも別の差別を感じてきたからこそ理解できたのかもしれない(その娘ゴーグルも同様に)。彼の見せ場はもちろん警官がアマンたちを“同性愛の罪”で逮捕に来た時の口上だ。証拠不十分を理由に追っ払うくだりではそれじゃごまかしだ、同性愛が罪だと認めていることになる…とハラハラさせるが、次のくだりで“罪ではない”と論破してくれた。


強い拒絶だけではなく消極的な否定や無関心など、同性愛に対する差別の例をうまく盛り込みながら、茶化さず、感情的にもなりすぎず、観終わったときにはハッピーエンドを感じられる良作。多様性について考えるきっかけには最適な一作ではないだろうか。過激なシーンもなく子供にも観て欲しいと感じた。


さて最後にアマンの父に話を戻そう。

「私には理解できない。でも私のことは気にするな」

最後に彼がふたりに投げかける台詞だ。カールティクは十分だと彼を抱きしめた。全ての人間の「常識」をひとつにすることなんて出来ない。けれど「常識」がひとつじゃないって認めることなら出来るはずだ。