SatoshiFujiwara

シングルマンのSatoshiFujiwaraのレビュー・感想・評価

シングルマン(2009年製作の映画)
4.2
あいにくファッション方面には明るくないのでそちら方面でのトム・フォードの知名度や業績はロクに知らないが、先に『ノクターナル・アニマルズ』を観て気になりこちらも。

いやこれ、想像以上に良い。なるほど『ノクターナル〜』同様画面の隅から隅まで独自の美意識に貫かれていることは容易に見て取れる(と言うか、本作の方がトム・フォード的なんじゃないか、多分)。無機的で立体感を廃した建物の造形、クローズアップの切り返し多用(しかし暑苦しさゼロ)、淡い色彩とそのグラデーション、登場する小物の品格。しばし聞こえる心拍音に時計の音はジョージの生の残り時間を刻むが如く。

そのジョージは生徒のケニーに対して「(授業で)全てを言うわけではない」と話すが、それはそのままトム・フォードの語り口に当てはまる。何か非常に重要なことがあるにも関わらずーいや、非常に重要だからこそおいそれとは口に出したりはしないし、重要だからこそ表向きは何事もないように振る舞うダンディズムとでも言うか、そのような味わい。単に画面がスタイリッシュで洒落ている、にとどまらない曰く言い難い深さがあるのだが、キューバ危機の後の冷戦真っ盛りでいつ核戦争が起こらないとも限らないというような時代の不穏な空気やら、メスカリンや飲酒に象徴されるその不穏さを一時でも忘れんとする時代が向かいつつある退廃(これがベトナム戦争とヒッピー・ムーヴメントに直に繋がる)。交通事故で恋人のジム(ゲイゆえ男)を亡くしたジョージの内面に巣食う埋めがたい喪失感(ちなみにジョージが講義で「恐怖について語ろう」と言って様々な例を挙げたが、そこで挙げなかったが「人々のゲイ(ホモセクシュアル)に対する恐怖」がジョージの念頭には必ずあったはずだ。1962年という時代を考えれば間違いない)が声高に語らないからこそビシビシと観る者の深部に刺さりまくる。

死ななきゃならないが死ぬに死ねない、躊躇がある。決定的な瞬間になろうかと思われた瞬間昔の恋人チャーリー(男の名前だがジュリアン・ムーア演じる女性)からの電話によって命はこの世に繋ぎ止められ、さらには行きつけのバーで生徒のケニーに遭遇し、何やらただならぬ親和性(ジョージは劇中で言う、「最高にお互いを理解し合える関係を持てる人に出会うほどの幸福はない」)を観る者に感じさせるこの2人は一時ではあれ無邪気にはしゃいで生を謳歌する。しかし話は想像されるものとは違う(しかし伏線はあった)結末をあっさりと迎え、冒頭シーンとシンメトリックとは言えそのこうあって欲しい的な結末を「外す」のもまた見事なものだ。ちょっと「幸福な死」(カミュ)という言葉を思い出すような。

それにしても特段ハンサムって訳でもないコリン・ファースは男が見ても色気が炸裂していてやばいですね。あのイギリス英語の発音から発声から立ち居振る舞いから。ちょっとダーク・ボガードを思い出した。
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