事故で亡くした最愛の恋人を忘れられない男。
過去にとらわれ孤独と絶望に沈む彼の目に映る光景が、心象のフィルターを通して描かれる。
主人公の思考や感情の流れを写実的に追う構成は、ウルフの『ダロウェイ夫人』を代表とする「意識の流れ」の手法。
現実の風景と回想シーンが入り混じり、それらは主人公の心情に合わせて色調を変える。
美しかった過去は鮮やかに、生に意味を見出せなくなった現在の画は彩度を低く抑える方法は、プレミンジャーが映画化した『悲しみよこんにちは』を観るようだった。
そしてトム・フォードが表現する「過去への執着」は、次作『ノクターナル・アニマルズ』でいっそう深い苦悶として現れることになる。