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マ・レイニーのブラックボトムのmidoraのレビュー・感想・評価

5.0
賞レースで話題になっていたこと、アカデミー授賞式でのヴァイオラ・デイヴィスの格好良さ、そしてチャドウィック・ボーズマンの遺作ということで、内容についての前知識は無しで臨みました。
音楽映画なのだろうと思っていたのですが、それよりも、アメリカの黒人差別、そしてブルースに込められた彼らの人生と誇りの物語でした。
元は戯曲ということも知らずに見始めましたが、すぐに(これ、舞台っぽいなぁ)と思った…と言うか、舞台をそのまま映しているようなシンプルさ。場面構成はひとつの建物の中のいくつかの部屋、そしてその外で展開し、ほぼ変わらないと言っていい。ですがそれだけに、演者たちの力、存在感、言葉ひとつひとつに込められたメッセージがひしひしと伝わって、まるで目の前で本当にステージが繰り広げられているかのような臨場感がありました。

ブルースの良さがおぼろげながら分かったのは「ノマドランド」を観た時なので、つい最近です。
どういうバックボーンがあって産まれた音楽なのか、ということは知っていましたが、悲哀の歴史を歩んだ黒人たちの心の叫びであるはずの初期のブルースが、あんな風に搾取され利用されていたことがあったとは知りませんでした。
マ・レイニーは常に、不遜でふてぶてしく、我儘勝手な物言いで周囲を辟易とさせる。その理由は、バンマスと語り合うシーン、そしてレコード会社からギャラを受け取るシーンから理解できます。
何年も仕事をしている白人エンジニアは、口では良いことを言うが自宅に招かれたことはほとんどない。膨大なカネを産むだろうレコードを吹き込んだギャラは、たった数百ドル。バンドメンバーらに至っては25ドル。
少しでも気を許せば、とことんまで利用され搾取される、そんな思いを何度も食らわされ続けてきたであろうマ・レイニー。あの態度、あの仏頂面は、心の尊厳を保つための彼女なりの闘いなのかと思うと、なんとも言えず虚しく、やり切れない気持ちに襲われました。

ボーズマンの最後のオスカー主演男優賞ノミネートと、そして受賞出来なかったことはかなりの話題になりましたが、確かに素晴らしい。魂の演技です。
既に体調も悪かったのか身体はかなり痩せていますが、目は力強い光をたたえており、長い独白の場面には鳥肌が立ち、涙が出てきました。
これからもっともっと、彼の出演作が観たかった。改めてご冥福をお祈りいたします。
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