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三月のライオン デジタル・リマスター版のtsukikoのネタバレレビュー・内容・結末

4.7

このレビューはネタバレを含みます

記憶喪失になった兄に嘘ついて自分が恋人だと偽り、蜜月を過ごす近親相姦ラブストーリー。あまりエロくはなく現代的なファンタジー要素が強く画が静かで美しく切なげであることから、根強い人気のあるマイナー映画である。

主人公のアイスは自由奔放でその日暮らしを楽しむ女子で、売春によって生計を立てている。荷物を入れてバッグ代わりにして持ち歩いてるのはキュートにコラージュされたクーラーボックス。棒つきアイスが好きでいつ何時でも食べたいから故の選択だと思うが、大きなボックスを持ち歩くその姿は奇怪でかわいくて、中から何かを取り出す度にドライアイスの煙がふわっとするのが何ともよい。いつも真っ赤なハイヒールに小花柄のワンピースというコーデで過ごしていて、たまに革ジャンを羽織ることも。兄にはホテルで遊んだ相手からくすねてきたスーツとハット、サングラスを与えている。

幼少期から兄と恋人同士になりたかったアイス。思春期は兄似の男と寝たりもした。だから兄に背格好が似ている男からは、お金はもらわない主義である。

兄と住み始めるのは、気に入ったガラクタが少しだけ点在する部屋。大きな窓からはたびたび風が吹き込んでくる。これは2人の感情を如実に表している。

兄を嘘で手に入れたアイスは幸せな時間を過ごす。レースとフリルのパンツをプレゼントされると大喜びし、横断歩道のど真ん中で人目を憚らず履き替えて兄に抱きつく。しかし、いつか兄の記憶が戻ってしまわないか不安で感情は不安定。突然泣き出したりもする。兄は兄で少しずつ記憶を取り戻していくが、アイスへの愛を否定したくない思いから記憶喪失のままのふりをする。

この映画の魅力は、ストーリーもさることながら自由なアイスの突破で衝動的な行動や言動の数々だ。したいことはする、ほしいものはほしい。我慢はしないから、実年齢(たぶん20歳くらいの設定)よりも遥かに幼く見える。泣いたり笑ったり、くるくる変わる表情。まるで岡崎京子ややまだないとの漫画に登場する、エロさを持ち合わせているオシャレでかわいい女の子たちのようだ。

兄が好きでしょうがない文化作品といえば小野塚カホリの漫画『NICO SAYS』や岡崎京子の『愛の生活』が思い浮かぶ。この作品の妹たちは兄と結ばれないことに薄ら絶望していて破滅的に生きている。彼女たちとアイスは重なるけれど、決定的に表情が違う。アイスはにこやかであることが多く、前述した妹たちは無表情かシリアスな表情が多い。これは作品のトーンに反映されるので、「三月のライオン」は仄暗くはなく、全体的にぼんやりと明るめに仕上がっている。これは多くのファンに支持される理由でもある気がする。

さて、本作は驚きのラストを迎えるが、これはこれで吉本ばななの『NP』を思わせて、個人的には嫌いではない。倫理的なことを言い始めると映画はつまらなくなるし、結局物語は背徳から産まれる。

まともな普通の生活をある日ふと手放して、ピクニックのような、遊園地にいるような毎日を過ごしたくなる。そんな憧れが心の奥底から湧き上がってくるような名作でした。
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