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スーパーノヴァの缶のレビュー・感想・評価

スーパーノヴァ(2020年製作の映画)
3.7
コリン・ファースとスタンリー・トゥッチの、お互いを支え合い引き立て合い補い合う「在り方」の演技が本当に素晴らしかった。
この作品の何よりの強みはこの二人だし、わたしの中での評価はほぼ二人の演技に対してのもの。
見てはいけないものを見ているような親密さが、ふたりの表情やボディランゲージや声、佇まいすべてから伝わってくる。知り尽くした互いの短所を揶揄うのと同じぐらい、微かな感情の揺れに気付いて手を差し伸べるのが早いふたり。

抑制とシンプルさが持ち味で、それが強みになる部分もそうでない部分もある作品だと思う。正直全体にもう少し何かが欲しいと思う気持ちもある、もう少し会話や衝突を掘り下げてもよかったんじゃないか、とか。
でも賛否はさておき、結果的にこの形になった判断が理解できる感じ。タスカーの認知症は初期の終わりぐらい、自分たらしめる言葉や記憶が抜け落ちていく様を痛いほど自覚しているステージだろう。描かなくたって、劇中彼が言う「その頃には、もう何の悩みも無くなっているんだろう」にたどり着くまでの時間は想像できる。これから彼は人が変わったように攻撃的になったり、過去だと勘違いしたり、ありとあらゆるコントロールを失っていくのはわかりきっている。
だからこそ、嵐の前の静けさの雰囲気や感情の動きや細かい演技が刺さって苦しかった。病気自体だけでなく、共有された喪失を描いているのが興味深い。サムも、タスカー本人も、病気の前の二人のあり方とあったかもしれない未来を悼んでいる。
喪失感を感じながらも、お互いを思って必死で隠すのにお互いそれを察している、奇妙な状況がよく表されていたと思う。

冷静になって考えてみると、取り立てて大胆なところも挑戦的なところもない作品ではある。それでも、若いクィアな人間として、幸せに年を重ねた同性カップルの姿を映画で見られたのはうれしかった。ゲイだって年を取るし、セクシュアリティ以外の悩みなんていくらでもある。この映画は、たぶん二人だけの世界が突如終わりつつある二人の物語であって、ゲイであることの困難や認知症そのものではない。実際彼らのように完全にオープンに生きられて、お金の心配も家族との軋轢もなく認知症の「これからどうする?」を考えることができるカップルなんてめちゃくちゃ少数派だろう。それでも、同意年齢ギリギリだったりグルーミングっぽかったり共依存だったり結局ストレートだったりしない同性同士のラブストーリーが観られてよかった。

セーターに包まれているような暖かさはあるものの、一貫してとても悲しくて、めちゃくちゃにシンプルでまっすぐな愛の物語。実際のエンディングもとても好きだけど、もう一シーン短くてもよかったかも。

Let me “go” with you と誤解している人も多いし字幕も曖昧でしたが、元セリフはLet me “be” with you です。

※コメント欄にネタバレ続きます
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