ブラックユーモアホフマン

アザー・ミュージックのブラックユーモアホフマンのレビュー・感想・評価

アザー・ミュージック(2019年製作の映画)
4.5
これはこの映画に対しての、というよりこの店に対しての点数だ。でも店名がそのまま映画のタイトルにもなっているので、それはほとんど同義と言ってもいい。

奇跡のような場所だと思った。そして奇跡はそう長続きしない。やはりAll Things Must Pass… 奇跡にしてはむしろ長続きした方だ。

レコード店の話だが、映画館もそうだ。大きなシネコンも良いが、ミニシアターや名画座こそが文化を支えている。

僕が名画座に通う理由は、一つはもちろん封切り館で観るより安いからだけど、もう一つ、世の中に数多くある映画の中から選ばれた作品が上映されるからというのが大きい。
アザー・ミュージックの店員が客にオススメのレコードを紹介するのと同じように、それぞれの映画館の編成担当の人によって映画がキュレーションされている。そのチョイスを信頼して見に行くし、誰かが選んだ結果なんだから観て損はないだろうと思える。仮に自分にはハマらなかったとしても一見の価値はあるはずだと。そういう場所が人と文化を支え育てる。僕もまるで学校に通うかのように映画館に通っている。

また映画も音楽と同じように配信が盛んな時代になって、フィジカルな出会いが求められなくなってきているのかもしれないけど、配信はむしろ選択肢が多すぎてなかなか自分では選べない。その点、映画館は今やってるから今見に行くんだ、と単純。それも僕が映画館に通う大きな理由の一つ。

だからアザー・ミュージックという店のことはこの映画を見るまで知らなかったけど、閉店してしまったというのは悲劇的だと思う。求められなくなったわけではないだろう。でも経営できなくなってしまった。日本でも似た状況がある。レコード店とかに関しては詳しくないけど、映画館で言えば日本もそう。閉館するミニシアターが後を絶たない。でも一方で、まさにこの映画を配給するGucchi’s Free Schoolや、菊川の新しい映画館Strangerなどなどの新しい動きもある。ある場所やある人が永遠にそこにあるわけではないけれど、その遺伝子は確実に継がれていくものなんだと思う。アザー・ミュージックに関してもきっとそう。ナワポン・タムロンナタリット監督の『あの店長』も思い出す、文化の伝道師たちについてのドキュメンタリーだった。

アザー・ミュージックが奇跡的だなと思うのは、まあ少なくともこの映画で見る限りはではあるけれど、職場としても非常にピースフルで楽しそうだったこと。ミニシアターや名画座が大事な場所だと言う一方で、その労働環境、ハラスメントなどの問題の発覚も後を絶たない。ほとんどのスタッフが遅刻常習犯で、普通の会社なんかではやっていけないであろう”はみだし者”の集まりだと言いながらも、仲睦まじく皆が楽しそうに働けているあの環境が作れていたのは、ひとえに店を牽引するあのリーダー達の寛容さに拠るものだと思う。そしてそんなことは残念ながらほとんどあり得ない。だからこそ奇跡的な場所だったと思う。

すごく大事なことを幾つも言っていた。「ここの店員は平気で音楽をディスったりする。でも心のこもってないマニュアル通りの接客よりマシだ。音楽に厳しい奴ほど、人に優しく愛がある」そんな感じのことを誰かが言ってた。本当にその通りだと思う。”なんでもいい”じゃない。好きなものを好きだと言い、嫌いなものを嫌いだと言う。その真摯さは多くの場合、対人関係にも反映されるものだと思う。気持ち良いとか気持ち悪いとかそんなざっくりとしたことじゃなく、どこがどう良いと思ったのかどこがどう悪いと思ったのか、分析して言葉にする。それが手書きのポップにも表れている。店員の多くは批評家でもあった。世界の解像度が上がる。より細かいグラデーションが見えるようになる。文化によってその力を育てられる。音楽を聴くとか映画を観るとかいうことには、そういう価値があると思う。

【一番好きなシーン】
・店内BGMのレコードが流し始めて1分17秒で売れるシーン
・閉店後の店内がリズムを刻みながら空になっていくシーン