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あいつと私のpandaのネタバレレビュー・内容・結末

あいつと私(1961年製作の映画)
3.5

このレビューはネタバレを含みます

BS放送を録画して鑑賞。

この映画には一部配慮すべき表現・用語が含まれていますが、作品のオリジナリティーを尊重し最小限の音声上の処理にとどめて放送します。

という表示のあと映画が始まった。

原作 石坂洋次郎

堅実な一般家庭に育った浅田けい子と、裕福で個性的な家庭で育った黒田三郎を中心に繰り広げられる、大学生活、恋愛、家族の話

小説を読んだ時の気持ちがよみがえる。
良き昭和の言葉遣いが微笑ましい。
女学生の「~なんですの」とか、「~かしら」「~だわ」とか。男性の「けしからん」とか。

だだ、セリフが早口言葉かと思うくらい早口なのが残念に感じてしまった。映画の長さの関係なのかな?見ていたら不思議とだんだん慣れてくる。

三郎がオープンカーで通学しているようなお金持ちの息子で嫌な奴かと思いきや、憎めないタイプ、肝心のところでウソの付けないところが憎い男子学生。

今回、映画で観ても原作の雰囲気は損なわれてなく、主演の石原裕次郎さんが、イメージぴったりといえてよかった。
母が「裕次郎さん、私はファンってわけではなかったけどね、昔はかっこよかった、背が高くてねえ」と言っていたのが理解できた。私が知ってる石原裕次郎さんは、すでに「太陽にほえろ」でデスクに座っていた。ちょっと太めのおじさんのイメージで定着してたから。

かなり過激な男女関係の発言や事件的なこともあって驚かされ、衝撃的でもある。あれは訴えなかったのか?最後にその女の子の笑顔が見られるので安心するのだが。。。

学生運動の場面もある。
でも、映画全体で感じた良き雰囲気は、家族の描き方。けい子も三郎も家族の場面が出て会話シーンが多い。三郎がけい子の母と電話で話をする場面も微笑ましかった。

特に気に入ったのは、学生運動に出かけた時、三郎が友人を助けに行き、一緒にいたけい子から離れる際に、おでこにチュっとキス😘をする。
このシーンも原作と同じで良かった!

びっくりして動けないけい子。
そしてけい子が気づく。
この表現が原作ほぼ同じでうまい!
↓けい子の声
『わたしは足がすくんで動くことができなかった。その時ふとわたしはだれかが私の背中にぴったりくっつき、絶えず私と一緒に動き回っているということに突然気付いた。なんて煩わしい、それは、母だった。』
この気持ちわかる。
娘としての気持ちもわかるし、ずっと心配して娘を思う親の気持ちもわかるし。

心の親離れといいますか、大人への一歩の時に、母を思い出すということ、あったなあ、と思った。親にとっては子供を信じて離れる子離れも見守ることも大切だと、伝わってきた。

まあ、時代的なもので笑えたのは、女性のぱんつ!大きなブルーマーみたいなの。
逆立ちしてぱんつ丸見え場面もある。そしてそれでお金一人50円とるとか、びっくり😲場面ところどころあり、目が点。原作全部思い出せないけれど、視覚から入ってくるその時代の若者たちが、みんな、生き生きしていた。



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中学生の頃。
ある日、古いタンスの上の方の開きを開けると本を数冊見つけた。本棚でもない場所になぜ本が…母に、この本読んでいい?と聞くと、慌てて、「○子にはまだ早いと思ってたから隠してたんだけどね…」と言い、渋々、「まあ、こっちならいいよ。」と渡してくれたのは『青い山脈』だった。
母が仕事に行ってる間に、こっそりほかの本も読んだことは言うまでもない。その中に『あいつと私』や『陽のあたる坂道』があった。
言葉遣いが古めかしい割に、内容はかなり先進的な感じに思えて、妙な刺激があったこと、母が帰るまでにと、少しずつドキドキしながらそのタンスの前に座り込んで読んでいたことを思い出した。
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