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とんびのnetfilmsのレビュー・感想・評価

とんび(2022年製作の映画)
3.9
 昭和37年、波の穏やかな瀬戸内海に面した備後市。運送業で働く破天荒で不器用なヤス(阿部寛)は愛妻・美佐子(麻生久美子)の妊娠に喜びを隠せず、姉貴分のたえ子(薬師丸ひろ子)や幼馴染の照雲(安田顕)からは呆れられ、茶化されている。幼い頃に両親と離別したヤスにとって、家族は何よりの憧れであり、美佐子とは共に親のいない家族になろうとしている。生まれた息子にアキラと名付けたヤスは、とんびが鷹を生んだと町の人々に囃されるほど愛らしい息子と美佐子との3人で仲睦まじく暮らしていたが、そんな幸せの絶頂を突然の不幸が襲う。原作未読で、NHKドラマ版もTBSドラマ版も未見だったが物語の世界にすぐに入り込むことが出来た。小林旭の『ダイナマイトが百五十屯』が十八番で(だからこそのアキラなのか?)、肩で風切りながら、たえ子の営む店で今日も浴びるほど酒を呑む。いかにも高度成長期のオヤジの姿に思わず笑みがこぼれる。阿部寛は佐藤浩市や中井貴一よりも良い意味で飾らずに実直で、一本気な堅物を演じさせたら右に出るものはいないだろう。父親失格のオヤジが男手ひとつで子育てをするのはいまも昔も大変な困難と労力が伴うのだが、町の人々の助けもあり、アキラはすくすくと順調に育って行くのだ。

 ヤスは「フーテンの寅」こと車寅次郎の一面もありながら、同時に『北の国から』の黒板五郎さんのような不器用さや頑固さを持つ人間だ。要するに昭和時代はこういう頑固で昔気質のお父さんの姿が昭和の原風景として、日本中どこにでもいたのだ。彼の不器用さを許容してくれる三歩後ろを歩くような、どこまでも健気な妻の突然の不在に物事が受け止められないながら、まるでアキラを我が子のように育てて行く周囲の人間たちの涙ぐましい温かさに心打たれる。今や児童虐待が後を絶たず、深刻な社会問題となっているが、現代では信じられないことだがかつての日本には町が人を育てる側面があったのだ。明らかに役不足で欠損だらけの情けない父親でも、周囲の人間の粘り強い支えがあって、息子を一人前の人間に育て上げる。そんな共同体的社会を賛美する姿は、さながら『ALWAYS 三丁目の夕日』のようにも映る。編年体のような記述形式を持つ物語は瀬々敬久により微妙に位相をずらされ、かつてそこに在ったはずの「時代」や「人々」を蘇らせる。1989年の描写なんてかつての『64(ロクヨン)』でのリサーチが生きているのではないか(とはいえ老けメイクは一考の余地があるが)。不器用で昔気質なオヤジは自身の思いをストレートに息子に伝えることが出来ない。門出の日でさえも狭く臭いトイレに籠りながら、素直になれないオヤジの疾走に思わず涙腺が緩む。阿部寛の良い意味で至らない演技を支えるキャスティングが絶妙で、特に安田顕の緩急を心得た演技は出色の出来だ。
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