スローターハウス154

たゆたえども沈まずのスローターハウス154のレビュー・感想・評価

たゆたえども沈まず(2021年製作の映画)
4.8
2021/3/13

被災県だけではなくぜひ全国公開にして頂きたい。収益金は全額寄付に回るのならばなおさら...

まず、被災した沿岸の方々の寡黙な優しさ、強さを感じる作品だったと思う。
人間の精神の限界を試されているかのような災害だった。あれほどの壊滅状態を受けたにも関わらず、たった10年の間に被災地は見違えるように整備されている。あのようなカオスな状況の中で、一人一人がそれぞれの役割と重いプレッシャーを抱えながらも地道に為すべきことをし続けた日々を重ねてきたからこそ、ここまで復興が進んだのだと思います。
被災された誰もが言葉に表しきれない艱難辛苦を抱き続けてきた10年であったでしょう。

そのように復興が日々年々と進んでいくことに感動する反面、なぜ津波がくる場所を再建しようとするのか...という疑問が生まれた。しかしそれはやはり実際に故郷を脅かされる身にならなくては、なかなか理解できないことなのかもしれない。そもそもなぜ人間は故郷にこだわるのかとも考えさせられた。なんらかの理由で故郷を離れなければいけなかった人々や民族は現代にもいるし歴史の中でもたくさんいる。それを大きく捉えると難民問題という形で社会問題の一つとして認識することもできる。
故郷を無くす時、人間の中から何が無くなるのか。故郷の存在というのは人間のアイデンティティの根幹を成すものなのだろう。仮に、身体が故郷から離れていても、人の心の中から故郷を切り離すことは決してできないと思う。人間が生まれ育った場所からは簡単に離れられない理由はそこにあるのかもしれない。

映像で見たように「場所としての」復興は目に見えて進んでいるけれど、目の前で突然すべてを変えられてしまった人々のやり場のない痛みは形を変えながらも各々の心身に在り続ける。それをどう受け止め対処していくのか...が被災された方々一人一人が依然として抱え続ける大きな課題なのだと思う。

見たことある津波の映像もいくつか映ったけど、どれも何度見ても心拍数が上がる。劇場で見たのでなおさら。
長く大きな地震が起こってからすぐ高台に避難してきたであろう中学生?達。非日常に対し興奮しつつも安全圏に来たことで緊張が緩んだのか、ホッとしたようなあどけない笑顔が映されていた。これから津波が眼下の町を呑みこんでいくことなど知らずに...。
作品鑑賞での落涙経験はなかなか無いんですが、夫婦の夢を叶えることを約束していたのに、その旦那さんが津波で帰らぬ人になったことを受け入れられず、いまだに死亡届けを提出できないでいるという女性の話は特に堪えました。

津波被災者ではない自分にとってはとりわけ、このように良く編集された映像作品というのは、当時の状況、人々が抱え続けている想い、被災地の現状...などの鱗片を知ること、そして様々に考え続けるための貴重な資料として大きな意味を持つものです。

「震災を忘れない」、なんて東北に住んでると耳タコフレーズですが、やはりこの言葉に尽きるなと今一度思い直した。
どんなに大きな出来事があっても、その痕跡が視界に入らなくなる期間が長くなると、人間は簡単に忘れてしまう。被害を受けなかった者はなおさら忘れやすい。
この3.11を経験して自分に何ができるのかは今もよくわからないままだが、少なくとも「震災を忘れない」、自分としてはまずはこれを大事にしていきたい。

こんなカンジでまとまりのない言葉しか出てこない観賞後ですが、それくらいいろんなことを考えさせられる作品でした。一人でも多くの人に見てほしいと思う。
製作陣の方々にこの作品を作っていただいたことを、この場を借りて深く感謝を申し上げます。