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「アララト」誰でもない恋人たちの風景 vol.3のjamのレビュー・感想・評価

3.9
深夜のファミレスバイトの帰り道
ふと自転車から降りて見上げたのは
ひっそりと咲く白木蓮

その花言葉…気高さ、慈悲、は
まるでサキのためにあるようだ

「もう一度私の裸を描いて」
石や道端の草ばかり描いていた画家の夫スギちゃん
私の裸を描いてくれたとき
はじめて自分の身体が愛しいものだと思えた
スギちゃんの目を通すと何でも愛しいものだと思えるよ

脳の血管が切れて左半身に麻痺がある彼は
思い通りにならない自分の身体を持て余し
やる気がおきない、とベランダのオリーブの木にそっと触れて語りかける


まだ若く美しいサキが
身体が不自由で自分が面倒をみなければならないスギちゃんと何故一緒にいるのか

サキのスギちゃんを見つめる眼差しから
すぐにその答えはわかる
望んでも愛を交わすことさえままならない
それでも
またスギちゃんに絵を描いて欲しいから

けれど
思うようにいかない日々
優しくしてくれる健全な若い男に
すがってしまうのを誰が責められようか

寄る辺のない二人の行先は



観賞後に知ったことだが、スギちゃん役の荻田さんは実際に左半身麻痺がありながらも俳優活動をされているという
そういえば、ラーメンを食べるシーンで左口角から麺が垂れ下がっているのを見て、やけにリアリティがあると思った


サキは強くしなやかで
辛い時に凛と微笑む表情が菩薩のよう
彼女の白い手が支え、触れ、包み込むのは
スギちゃんの動かない左手


頑張って気を張って
ギリギリな心と身体
立ち止まり 嫋やかな花に一息つく

この人には私が
私にはこの人が
そんなサキの心の呟きが
川の音の切れ間から聴こえた気がした
jam

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