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⻤太郎誕生 ゲゲゲの謎の雑記猫のレビュー・感想・評価

⻤太郎誕生 ゲゲゲの謎(2023年製作の映画)
3.9
 昭和31年、戦後の日本で政財界の裏のドンである龍賀時貞が亡くなる。血液銀行に勤める水木は、製薬会社社長の龍賀克典を龍賀一族の新当主にしようとし、龍賀一族の住む哭倉村に足を踏み入れる。しかし、次期当主争いが始まると、村では奇怪な殺人事件が発生する。さらに、時をともにして、自称幽霊族の謎の青年も水木の前に現れる。

 「鬼太郎誕生」と銘打っている通り、鬼太郎がいかに生まれたのか、彼の両親の生前の姿を描く前日譚となっているが、この要素はエッセンス程度で作品自体は戦後まもない日本の閉鎖的な村を舞台とした横溝正史風のミステリーとなっている。もちろん、鬼太郎シリーズである以上、妖怪や怪奇現象が登場するが、それよりも人間同士の愛憎劇の要素の方が圧倒的に強い。和製ミステリー的な要素と妖怪などの和風ファンタジー要素を混ぜ合わせてしまうと作品全体の空気感がぐちゃぐちゃになってしまいそうなものだが、いわゆる金田一耕助シリーズのような和製ミステリーの内包する呪詛的な空気と、水木作品にある水木しげるの従軍体験をベースとしたシビアな世界観が、非常にうまくマッチしており、妖怪のような突飛な存在が登場するにも関わらず、人間の業を血に足がついた作風で描き切る骨太な作品となっている。

 閉鎖的な日本の村における因習、貧富の差による激しい搾取、差別、太平洋戦争の傷跡と、昭和日本の悪いところをこれでもかと詰め込んで煮詰めたような作品となっている。テンポよく丁寧な筆致の脚本で、丹念に閉塞感と絶望感を積み上げる作品となっており、非常によくできた胸糞悪い物語に仕上がっている。登場人物の誰もが不幸になっていく本作は、観終わった後に心のダメージがボディブローのように効いてくる作品となっており、実に味わい深い。そんな地獄のような物語の中で、唯一、一筋の光明があるとすれば、本作の登場人物の奮闘の先の未来に、我々がよく知るあの”ゲゲゲの鬼太郎”の冒険活劇があるのだという一点である。そのため、本作を鑑賞後、救いを求めるように過去の鬼太郎作品を見返したい気持ちに駆られてしまう。そう考えると、過去作への橋渡しとしては本作は劇薬ながら優秀であるとも感じられる。

 本作の本質は昭和日本のどす黒い部分をベースにしたミステリーなのだが、一方で、「ゲゲゲの鬼太郎」らしい怪奇要素やアクション要素もしっかりと入れ込まれており、ホラーアドベンチャーとしての面白さも内包している。特に、のちに目玉おやじとなる鬼太郎の父の持つ超人的な身体能力や様々な妖術の中に、のちの鬼太郎に受け継がれる様々な要素が散見されるため、「ゲゲゲの鬼太郎」を少しでも知っている人ならばニヤリとさせられるサービスにもあふれている。さらに、原作の鬼太郎の1話を知っている人であれば、大きな感動と興奮を引き起こすエンディングにもぜひ注目してもらいたい。
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