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⻤太郎誕生 ゲゲゲの謎のななしのレビュー・感想・評価

⻤太郎誕生 ゲゲゲの謎(2023年製作の映画)
5.0
原作未読・アニメ未聴の"鬼太郎弱者"でしたが、見事にボロ泣き。年末近くのこの時期にまさかの伏兵でした。パンフレット売り切れでこんなにも嘆くことになろうとは……。

血液銀行に勤める"水木"と、妻を探す若き日の"鬼太郎の父"は、それぞれ龍賀一族が支配する山奥の村・哭倉村を訪れる。村では一族の当主・時貞の弔いが行われ、後継ぎを指名する遺言書開封の儀が行われようとしていた。しかしまもなく、龍賀一族の人びとがつぎつぎと変死を遂げて……。

──と、ここまで書くともうおわかりかと思うが、本作は横溝正史原作の「金田一耕助」シリーズ、わけても『犬神家の一族』や『八つ墓村』へのオマージュに貫かれている。遺言書が出たときに「犬神家やんけ!」と叫び、地下の鍾乳洞が出てきたときに「八つ墓村やんけ!」と叫んだ。また、本作は金田一のオマージュということ以上に、『ゲゲゲの鬼太郎』のエピソード0なので、当然のごとく妖怪や怨念が絡んでくる。しかし、金田一では「怨念」や「祟り」はあくまで事件を彩る要素に過ぎないが、本作においては"実態として"化け物が登場する。

水木が村に入るまでの"何者かに監視されている"不安の演出が巧みで、囲い越しに水木を見ているカットがあったかと思えば、つぎのカットでそれが「誰もいない祠」だったなど、この村にはなにかある感がこの時点で醸成される。事件そのもののグロテスク、ゴア描写もなかなか頑張っていて、劇場内にちらほらいた子どもたちが少し心配なったほど。

また、水木は太平洋戦争時の玉砕作戦の生き残りという設定で、そのトラウマが彼を苛み続けているが、この辺りは原作者・水木しげるのエピソードを思い起こす。しかも、この「玉砕の生き残り」という過去がただのキャラのバックグラウンドに留まらず、ドラマを構成する重要な要素となっている。

(以下、ややネタバレ)映画の中で龍賀一族の長女・乙女はとある陰謀を開陳した後に、「これがあれば戦争には負けなかった」(大意)と叫び、もっと上手くやれたはずの、"勝てたかもしれない大東亜戦争"の影がちらつく。もちろん、軍部や政府は当てにならないと確信する水木にとって、それは単なる寝言に過ぎない。だからそんな非現実的な夢のために幽霊族という"他者"を犠牲にした龍賀一族は最終的には滅びさらねばならない。大東亜共栄圏という夢で日本人以外の"他者"を迫害した大日本帝国が滅びたように。「敗戦をどう語るか」というこの時代を舞台にしたときに避けられぬテーマに対して、原作の水木しげるの魂を継承する見事なアンサーである。

さらにいえば本作を観ていて、奇しくも玉砕崩れならぬ特攻崩れを主人公に置き、対ゴジラ戦をある種の「太平洋戦争のリベンジマッチ」として描いた『ゴジラ-1.0』を激しく想起した。個人的にはテーマの物語への落とし込み方も、結論の出す方も『鬼太郎誕生』のほうがはるかに高度だとは思うものの、同年同時期の映画がどちらも「敗戦」を扱ってみたことに対する不思議なシンクロニシティを感じざるを得ない。

恐るべき傑作。
だから、東映さんはパンフレットを再販してください。お願いします。
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