YukiSano

コーダ あいのうたのYukiSanoのレビュー・感想・評価

コーダ あいのうた(2021年製作の映画)
4.3
隔たる世界を繋ぐ人。
音の溢れる世界と静寂の世界の狭間でコミュニケーションを行う人コーダ。

そこに囚われた少女の物語。

彼女は他にも「歌」というコミュニケーションを愛していて、それは家族のいる沈黙の世界では理解されることはない。

彼女は沢山のコミュニケーションツールを持ってるのに自分を閉じ込めている。

丹念に彼女と、その家族の生活が描かれ、性生活、食事、生業、をいかに誠実に描くかをスタッフ達は考え抜いたに違いない。

家族全員ろう者をキャストし、監督やスタッフと主演女優が手話を学び、現場で活発にコミュニケーションが行われたそうだ。その誠実さが、画面の隅々から滲み出ている。

ヒロインが音楽を好きなのは恐らくだが、音に対して配慮できない家族の元で育っているため勉強など自分の世界に集中するためにヘッドホンで音楽を聴いていたのではないだろうか?外の世界を一旦断絶して自分の世界を守るために存在した音楽が彼女の世界を新たに作り出していると分かった時、この作品の凄みを理解した。

ヒロインの歌う声を聴くことの出来ない父親が彼女の喉に触れるシーンで父親役のトロイ・コッツァーが見せる表情は、愛しさと悔しさ、切なさ、あらゆる複雑な感情が滲み出ていた。娘の才能を理解できない父の想いが迫ってきて彼のアカデミー賞受賞を納得させる名演だった。あの顔は当事者にしか出せない。

だからこそ、そのシーンがあるからこそ、ラストの歌う所は、どれほど予想どおりのベタベタのシーンでも最高の感動が溢れ出てしまう。世界を断絶するために必要だった歌が一周して、家族を繋ぐコミュニケーションである手話と融合するのは、彼女が2つの世界を受け入れ、本当の意味で繋がったから。

観終わった後、実際にコーダの人々がYouTubeで映画の感想を語っていたが、その丁寧な演出に共感していることが殆どだったのだが、日本の字幕やバリアフリー上映のいたらなさが浮き彫りにされていた。聾唖者とろう者の違い、差別用語スレスレの字幕表現や、短すぎるバリアフリー上映の形態など問題が分かってきた。

そうした現実にも光を当て、ただ映画を観るだけでなく、我々の認識する世界も変えていけたら、と思う。

それがこの作品のテーマだし、アカデミー賞を受賞した意味だろうし、何よりトロイ・コッツァーが助演男優賞を受賞した時に願ったこと。

あの、ろう者のキャスト達が成し遂げたことの偉大さもさることながら、彼らが自分達の出た映画の1番の魅力である「歌」を聴くことができないということを忘れずにいたい。その隔たりを考え続けたいと思う。
YukiSano

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