あしたか

コーダ あいのうたのあしたかのレビュー・感想・評価

コーダ あいのうた(2021年製作の映画)
4.3
父・母・兄が聾唖者である家族の中で、唯一聴覚障がいを持たずに生まれてきたルビー。
そのため彼女は昔から家族にとっての"通訳"という重大な役割を担っていた。
早朝から父・兄とともに漁船に乗り仕事をし、そのまま学校へ行き授業を受けるというハードすぎる生活をしていた。

ルビーは高校生ではあるがこのような生活をしていたこともあってか精神的成熟がとても早い。家族にとって"必須"な存在であるためか「家族を自分が守らなければならない」という意識を持っている。
そんな中、音楽部の顧問がルビーの歌唱の才能を認め推薦状を書いてくれるという。
仕事(漁+通訳)、学校、歌という3速のわらじ生活が始まった。しかし歌のレッスンの時間を優先すると通訳がいなくなり家族が困ってしまうという板挟みな状況に直面する。

さて、本作はともすればとてもハードで辛い映画になっていそうだが、とても明るい家族の面々のおかげで暗い雰囲気とは無縁だ。聴覚障害があるから何だと言わんばかりの勝ち気な性格で、時には他人にケンカをふっかけさえする。
特筆すべきは性欲旺盛でセックスが辞められない父と母である。医者からいんきんたむしだから2週間セックス禁止の宣告を受けた際に、ルビーがそれを通訳して両親に話すシーンは笑える。高校生に何をさせとんのじゃ(笑)

しかしこれは、生活の全てがルビーに頼りっきりであることが明示されているシーンでもある。なにせ夫婦の性生活ですら娘が熟知している状況だ。
それだけルビーが家族にとって欠かせない存在になっていることがわかる重大なシーンである。
(これに限らず本編は下ネタ多めだが、聴覚障がい者であろうとなかろうと性欲は当然全く同じであることをわざわざ強調する狙いがあるのだろう。なにせそういう"相手"を見つけることすら大変なのが普通だから、その悦びは相当なものだと容易に想像できる)

そんなルビーだが音楽の才能を認められ、名門音楽大学への進学を打診される。
しかし通訳の自分がいなくなっては家族は大打撃である。親は新事業を始めたばかりの厳しい時期だから尚更自分がいなくなるわけにはいかない、でも大学には行きたい…。
加えて、自分以外の家族は先天的に耳が聞こえない。そんな彼らにどうやって"音楽"の魅力を伝えて進学を認めてもらえばいいのだろうか?

本作はそんな聾唖者の家庭の生活と苦労を生々しく描いた作品となっている。
健常者の人間にとっては見る機会のあまりないものだから、それらはとても新鮮に映るだろう。

音楽映画でもある本作だが、肝であるのはルビーがずっと練習してきたデュエット曲を家族が"聴く"シーンだ。
当然家族にはルビーの歌声は聴こえないが、ここで行われる映画的演出は実に感動的だった。
ルビーの歌声を"知る"ために父親が取った行動には涙が出そうになった。本作の最も象徴的なシーンであるし、正直言って映画史に残るくらいの名場面であると思う。

ルビーの歌を知り家族がどんな決断を下したかは実際に映画を見て確認していただきたい。
とても感動的で心温まる作品であると同時に、映画的演出に優れる代物でもあった。
幅広く色んな人に見てもらいたいと思う。
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