IDEAコメント低浮上

英雄の証明のIDEAコメント低浮上のレビュー・感想・評価

英雄の証明(2021年製作の映画)
3.2
「借金を抱えた囚人が、拾った金貨を盗まず返した。」
一つの美談が、人間の心の闇を炙り出す---。


「悪魔の証明」という言葉がある。
「この世に悪魔が存在しないと主張するならばそのことを証明して見せよ。」という考え方で、転じて「疑惑が事実ではないというのならが疑惑が存在しないことを証明して見せよ。」という意味になる。
しかしながら実際には、証拠を提示して罪を暴くことは出来ても、証拠が無いことだけをもって無実を証明するのは不可能に近い。

今作の邦題はまさに内容に合致した良訳で、主人公ラヒムは自身が行った英雄的行いに対する世間からの疑念が事実無根であるとの証明を迫られることとなる。
シンプルながら計算された脚本がSNSで他者を中傷することの容易さ・危うさを鋭く描き、二転三転する世の中の顔色に振り回されるラヒムの苦難が際立つ。

同時に、美談を盾にすれば本来正当に主張できる権利(今作ではラヒムの借金を立て替えた元義父に対して立て替えた金銭の大半を免除するように圧力がかけられる)が多数の声によって剥奪されかねない理不尽な恐ろしさも描かれる。


強い光には必ず色濃い影が付き纏う。
ラヒムの美談という光のそばに佇む影、それは善意を模した悪意であり、その影とどう向き合うのかが、今作『英雄の証明』の根幹であろうかと思う。