けいすぃー

ニトラム/NITRAMのけいすぃーのレビュー・感想・評価

ニトラム/NITRAM(2021年製作の映画)
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この作品には敢えて点数を付けたくない。そう思った。それは稚拙な完成度だったからではなく、その真逆である。
この映画を観終わったとき、「感動」とか「衝撃」、もしくは「悲哀」とも全く違う、新しい感情と出会った。この作品が実際の事件を元にしていることにも起因するが、僕はその感情に点数を付ける気にはなれなかった。

1996年にタスマニアで実際に起きた銃乱射事件をテーマとした本作は、その犯人の生活に焦点を当てる。
高い撮影技術と演出により、すぐ隣で見ているかのような感覚を得ながら、精神的には感情移入し切らない絶妙な距離を保たせる脚本になっているように感じた。

個人的には『JOKER』より評価されるべき作品だと思う。


(以下ネタバレを含む)


最も印象に残っているのは、父の死後母と会った主人公が初めて涙を流すシーンだ。
感情をあらわにした主人公に対し、母はそれを受け入れることが出来なかった。
これは事件を起こす一つの要因になったように思う。

また、父親が自殺する前、主人公が父を殴るシーンがある。このとき初めて他人にあからさまな暴力を振るう描写が現れたが、母の反応は薄かった。唖然としていたというよりは、実は日常だったと思わせるような雰囲気も感じられた。ここのシーンの解釈は難しい。

そして作中、両親を含め誰も彼の実の名前を呼ばなかった。彼は世界から分断されていたのだ。
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