ネット

春原さんのうたのネットのレビュー・感想・評価

春原さんのうた(2021年製作の映画)
4.0
『ひかりのうた』には『ライフ・ゴーズ・オン』のような理性的な柔らかさを感じたのだけど、今作でも同じことを思う。今作も『ライフ……』でも手持ちの食べ物を頬張るシーンが印象的。夜、一人でどら焼きを食べる。どんな演技指導をしたのか、何もしてないのか。どちらにせよ、主演の荒木知佳の上がったままの口角と真っ直ぐな目(その目が見ているものは……)は何かを押し殺しているよう。主人公は、というより荒木さんは今までもそうやって生きてきたのではないか?と思ってしまう。俳優の生き方が刻まれた顔や身ぶりがそのまま役となる。テキストベースのものとは違う、演技の一つの可能性。
在宅時に玄関のドアを開けたままにする大胆な設定がとてもいい。
中盤あたりにすごいシーンがあった。親しみ、驚き、めんどくささ、サスペンス、遊び、抑えていた名状し難い感情、ユーモア。場を一つの感情が支配することなく、常に流れ続ける。
杉田協士が写真撮影に対して強い思いを持ってるのは前々からよく知っているが、今作は前面に出すぎな気もする。食傷気味ではあった。そんなのは些細なことだけど。
映画が言葉によって複雑化・進化してゆくのは理解できるようになってきた。ただ、喪失感を理性(=言葉、劇)によって克服することへの違和感はある。悲しむべき喪失とは、言葉を投げかけたい相手の喪失だから。喪とは言葉が機能不全となる時間なはずだ。それに対してはたぶん時間の経過だけが癒す(癒しきるわけでもない)ものだと思うし、時間が経過するには他者が必要。だからあのおじさんは、主人公の時間を経過させるべく度々訪問する。そうした小さな時間の堆積の一つとして、唐突に原作短歌のエピソードがポンとやってくる。起こるべくして起こるのではない。ベランダで起きる「供養」に対して、春原さんはリコーダーによって理性的な言葉にならないうたを歌う。
IMDBに一枚だけ掲載されていたスチルにやられる。
ネット

ネット