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春原さんのうたのokawaraのレビュー・感想・評価

春原さんのうた(2021年製作の映画)
4.9
不寛容の時代にこんなにも悪意の無い作品が生まれたことは、望外の喜びに他ならない。

サチの食卓に二人分の皿を見つけて泣き出す叔父のように、喪失に遭った者に対する周囲の善意は容易に挫け、そんな風に腫れ物のように接されるサチは、その悪意の無さにかえって孤独を深いものにしていく。

小竹向原から聖蹟桜ヶ丘への道のりは、最初こそ読書に費やすのに「ちょうど良い」時間だったが、次第にその余裕はなくなっていく。コーヒーを淹れる手も震えていく。
ルーチンが崩れていく様はアケルマンの『ジャンヌ・ディエルマン』を彷彿とさせるが、『ジャンヌ〜』が破滅へ向かうのに対し、本作は再生へ向かう。
被写体だったサチは撮影者として主体性を取り戻し、春原さんを過去の呪縛ではなく、いまの自分を後押しする存在として受け入れようとしていく。春原さんが知らないはずの歌を共有する結末に、心を打たれた。
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