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ジェーンとシャルロットのnetfilmsのレビュー・感想・評価

ジェーンとシャルロット(2021年製作の映画)
3.8
 母ジェーン・バーキンと娘シャルロット・ゲンズブール。そのあまりにも近過ぎる距離がかえって2人を遠ざける。たった1つのカメラ、たった1つのレンズを介するだけなのに、そこには普通の母でも女優でもないジェーン・バーキンが、カメラを向けられることで明らかに困惑している。最愛の娘の初監督作にも関わらず、ここでは女優とも母親ともつかない奇妙な表情の数々に見入ってしまう。ジェーン・バーキンの娘はシャルロット・ゲンズブールだけではない。最初の夫は『007』シリーズの作曲家としても有名なジョン・バリーで、彼の浮気により結婚生活は僅か3年で破綻するものの、1人娘のケイト・バリーが残された。シャルロットは歌手時代のバーキンの仕事上のパートナーだったセルジュ・ゲンズブールとの間に生まれた子で、2人はフランスきってのお騒がせカップルとして知られたが、実際には婚姻はもうたくさんと考えていたジェーン・バーキンによって籍を入れず、事実婚だったという。然し乍らお騒がせカップルも長くは続かず、監督と女優として知り合ったジャック・ドワイヨンとの間に3番目の娘であるルー・ドワイヨンをもうける。恋多き女であったジェーン・バーキンは、3人の男性との間に3人の娘をもうけた。

 今作はその辺りの人間関係まで踏まえて見なければ、はっきり言ってよくわからないかもしれない。実は1人目の娘で、セルジュ・ゲンズブールの元でシャルロットの姉として育てられたケイト・バリーはもうこの世にはいない。飛び降り自殺だった。このことが遠因となり、シャルロット・ゲンズブールが思い出深いパリの地を去り、ニューヨークへと移住した。そこから『Birkin/Gainsbourg: Symphonique』という母娘の音楽プロジェクトが誕生したという何とも皮肉な経緯がある。つまり幼少期のシャルロットにとっては、母ジェーン・バーキンを独り占め出来たことはなく、常に異父姉妹の姿があった。そして実父セルジュ・ゲンズブールの元を離れた最愛の母はジャック・ドワイヨンの元へと旅立っていった。その辺りの微妙な空気を娘シャルロットのカメラは隠そうとしない。母ジェーンからあなただけは気後れしたし、特別な存在だったと語る母の姿には嘘やお世辞は見られない。その後ジェーン・バーキンは心臓病で亡くなった。娘に対してあまり深刻な病状を語ろうとしない母親の姿は気丈に見えるが、衰え行く母親をカメラに収めながら、語りにくい言葉をカメラを通して語らせようとする娘シャルロットの姿勢が悩ましい。

 クライマックスで今は亡きケイト・バリーの幼き頃のスーパー8映像の前で母に語らせる場面の残酷さは息も出来なくなるほどに苦しかった。私は良き母親ではなかったと申し訳なさそうに話す母ジェーン・バーキンの背景に幼き頃のケイト・バリーの映像を映しながら母娘が語る姿はあまりにも痛々しいし、セルジュ・ゲンズブールの亡き部屋を母娘が数十年ぶりに訪れる姿には思わず涙腺が緩む。母親はもはや違う次元での出来事のようだと話す正面には、母ジェーン・バーキンとの適切な距離が最後まで測れずにいた娘がいる。そこでも真っ先に口を噤むのは次女シャルロットではなく、亡きケイト・バリーの思い出であり、母ジェーン・バーキンのデリカシーの無い言葉に娘はただただ傷付く様子がこうして収められる。華やかな母娘の物語に見えて実際はどこの家族にでも起こり得る出来事を私小説的に気を衒うことなく描写した今作は、シャルロット・ゲンズブールによる母ジェーン・バーキンへの愛憎入り混じった視点を隠すことなく漏れなく綴る。あらためて76歳で亡くなられたジェーン・バーキンに哀悼の意を表し、謹んでお悔やみ申し上げます。
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