雑記猫

最後の決闘裁判の雑記猫のレビュー・感想・評価

最後の決闘裁判(2021年製作の映画)
4.3
 14世紀のフランスを舞台にした歴史ミステリー。騎士カルージュの妻マルグリットがカルージュの旧友ル・グリに強姦されたことを訴えたことから始まる決闘裁判の顛末を描いた物語。カルージュ、ル・グリ、マルグリットの3者の視点で描かれる三章編成の作品になっており、章が進むごとに事件のあらましが多角的に見えてくることによって、その真相が浮かび上がってくる構成になっている。


 カルージュ視点の第1章とル・グリ視点の第2章は1370年のリモージュの戦いからフランス国王シャルル6世に決闘裁判を直訴するまでが描かれる。第1章と第2章ではカルージュとル・グリの仲がいかに悪化していったのかが描かれていくのだが、この2章の上手い部分はそれぞれの視点に立脚した作りながらも、相互の内容にほとんど齟齬がないにも関わらず、それぞれの章の主人公側の言い分が正当で相手側に問題があるように見えるよう作られている点である。同じシーンを描いているにも関わらず、それぞれの視点でしか見られない他の登場人物のちょっとしたセリフや仕草が挟まれることによって微妙な雰囲気の違いが生み出される。さらには、同じシーンでもカルージュとル・グリが何を重視して生きているのかによって、細かな編集の違いが設けられており、この細かな積み重ねによって印象が変わっていくという非常に高度な作劇がなされている。


 これに対し、カルージュの妻マルグリットの視点からなる、そして、これこそが事件の真実である第3章は描き方が大きく異なっている。第1章と第2章で描かれてきたシーンが、第3章でも再度マルグリット視点で描かれるのであるが、第1章、第2章とは登場人物たちのセリフや行動が大きく異なって描かれているのである。短気で気性が荒いが気高く家族思いとして描かれてきたカルージュは、実際は横暴で情動を妻に自分本位にぶつける夫であり、半ば同意のように描かれてきたル・グリとマルグリットの逢瀬は、完全にル・グリによる強姦であったことがここで明かされる。これにより、カルージュにしろ、ル・グリにしろ、男性相手には対等な応対をし、話に耳を傾けているのに対し、女性相手には自分より下の人間として軽く対応し、話もまともに聞いていないことがグロテスクに明らかになっていく。


 この丁寧な展開の積み重ねの末に、カルージュとル・グリの凄惨な決闘裁判になだれ込んでいくのだが、この結末の描き方が本作の非常に優れた点である。ル・グリが勝った場合、カルージュのみならず、マルグリットまでもが死罪となってしまうことから、カルージュの勝利によって幕を下ろす決闘裁判は、本来は映画的に大きなカタルシスを呼ぶ場面になるはずである。しかし、第3章におけるマルグリット視点による描写の積み重ねにより、結局はこの決闘裁判もマルグリットをだしにカルージュが、ただただ自身の名誉欲を満たすためだけのイベントにしか過ぎないことがありありと見えてしまう。カルージュがル・グリにとどめを刺した瞬間の一瞬の高揚が、マルグリットの困惑した覚めた目によって冷や水を浴びせられるように覚め、歓声を浴びるカルージュが実に滑稽に見えてくる。1シーンで男性と女性の2つの視点をこれほどまでに重層的に描く、リドリー・スコット監督の手腕にただただ脱帽するのみである。


 14世紀フランスという現代とは大幅に価値観の違う時代の物語でありつつも、女性に対する無意識下での蔑視を内包するという、現代でも掃いて捨てるほどいる男性を描いている点において、本作は自分自身の生き方を考え直させる、実に正当に後味の悪く仕上がった作品といえる。
雑記猫

雑記猫