ひる

世の中にたえて桜のなかりせばのひるのレビュー・感想・評価

4.0
どうせ乃木坂アイドルのプロモーション映画だろと舐めていたが、いざ蓋を開けてみればゴジラアクターたる宝田明の遺作として申し分ないほど、映画における実存性の議論に踏み込んだ、映像論映画だった。
遺書を書く男、川の事業者、終活カウンセラーの終活事情を繋ぐものは一貫して「産業」である。事業者は川に見えない川の存在を自身の職人としての人生とともに記録するために映画を求め、カウンセラーは余命わずかな妻と思い出の桜の木を見せたいと願い、遺書を書く男の正体は宇宙飛行士だと明かされる。
かつてバザンは映画の革新性はその疑いのない記録的な性質だと述べ、さらにクラカウワーは自然の細部の救済こそが映画の在り方だと述べた。しかし、この映画の大元たる機械装置のキャメラはときに人々を倫理的に誤った方向へと狂わせる、そう、追い詰められた担任の姿を笑いながらスマホで収めようとしたいじめの生徒のように。岩本の過去はそうした現実を捻じ曲げるキャメラを止めようとしたことに起因する。
そうとあれば目の前にある自然への気持ちを表現した詩を教える古典教員が追い出され、もはや現実を肯定するものがないと絶望し、学校から背を向ける岩本のそばにいるのが、ゴジラアクターたる宝田明なのは必然である。現実にいるはずのない怪獣が実際にいるかのように画面に肉付けられた、特撮の記念碑的映画を飾った俳優との関わりを通じて、岩本は"アナログな"方法で桜の木を撮りにゆき、デジタルな方法で桜の木を蘇らせる。これは決してアナログの否定でもなければ、デジタルの奨励でもない。映画の豊かさが決して実存性だけでなく、痕跡と象徴と記号が衝突する面にあるのだという気付きなくして、プロジェクターで映し出されたに過ぎぬ桜の映像に本気で胸打たれる5人の説明が付かない。
そして、最終的に岩本は記述を拒絶する。将来の道を筆跡に残す行為を拒絶する。安易な痕跡…その拒絶こそが、キャメラの暴力性に狂わされた過去から立ち直ったと示す行為であり、あの白紙はその何よりの痕跡なのである。
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