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ある男ののーのーのレビュー・感想・評価

ある男(2022年製作の映画)
4.0
石川慶監督、やっぱり映画が上手すぎる……。ひとつひとつの画作りが端正なのはもちろん、中心人物が安藤サクラ→妻夫木聡→窪田正孝と入れ替わる3部構成の推進力、ミステリーなのにとても飲み込みやすい語り口、そして脇に至るまで的確としか言いようがないオールスターキャストなど、もっと観ていたい!と思わせる心地良い映画体験で、実際あと1時間は観てたいと思った。でも2時間でよくまとまってたと思う。

特にキャスト陣の演技が凄かった。安藤サクラは登場後数秒で『万引き家族』の面会室ばりの超名演技を惜しげもなく見せてくれる(あとこの時の顔がめちゃめちゃ美人だと思った…。安藤サクラをここまでストレートに綺麗だと感じたのはもしかして『愛のむきだし』以来かもしれない)。その冒頭以外にも、大祐の兄が「これ別人です」と繰り返すときの、苛立ちを抑えきれない様子からから徐々に困惑へと変わっていく反応、城戸が怒りをあらわにしたときの微かにスッとしたような表情など、とても微妙なニュアンスを表現する(特に“受け”の)芝居に惚れぼれしてしまった。
妻夫木聡は“探偵役”かつ中盤以降の主役として、第三者的なストーリーテリングと感情移入の対象とをギリギリで行き来する感じが彼独自のものだったし、ラストのラストでとるある行動の説得力も、やはり彼にしか出せないものだったと思う。
窪田正孝は何重もの意味での“演じ分け”(同一人物の年月による変化、名前を変えて別人として生きるという変化、そして真の意味で別人の役も)を必要とする誰がどう見ても難役としか言いようのない役だったけど、彼の持つ純真さ、油断ならなさ、狂気といった多面的な魅力をたっぷりと見ることができた。

この主役3人の魅力だけでも書き尽くせないけれど、脇のこれまた豪華なキャストもまんべんなく最高の演技だった。
特に本作の魅力だと思うのが、「無自覚に差別的だったり浅はかだったりする、“普通の”イヤな人」というような人物の、恐ろしくリアリティのある描き方。大祐の兄をはじめ、城戸の妻の父親や、陰謀論者のバーテンといった人物がそれにあたるけど、類型的に誇張されたり、わかりやすく他者に害をなしたりする描写はほとんどなく、それでも主人公・城戸が感じる痛みや苛立ちに心から共感できるような描かれ方・演じ方で、すごく的確だと思った。
そんな人々が登場する中、柄本明演じる怪人物だけが直接的・自覚的に差別や罵倒を発する役回りで、その極端さにむしろキャラクターとしての魅力を感じると同時に、抑制の効いた世界観の中で彼だけがそうまでなってしまったことの哀しみも感じさせて、こっちも最高の演技だった。

もうひとつ書いておきたいのが、小籔千豊の使い方が良かったということ。お笑い芸人の演技って、普段のイメージと真逆のシリアスだったりダークな役の時に評価されがちだけど、この映画の彼は軽さやユーモアを醸し出す役に徹していて、それが良かった。小藪さん地方のうまいもんいっぱい食べてただけやんけ、というおかしみ。コメディアンがあくまでコメディアンとして映画で役割を果たすのはもっと評価されるべきだと思う。また、全体的にシリアスなムードが漂うこの映画の中で彼のようなキャラがいることで、人間って深刻なだけじゃないよね、というような作り手の人間観の懐の深さが表れているようで、本作のバランスに大きく寄与していた。加えて、劇中で彼がふと口にする“遺伝”にまつわる考え方は、偏見とキレイ事の中間地点といった感じのフラットな視点で、やはり人間の一つのあり方として重要なものが示されていたと思う。

俳優のことばかり書いてしまったけど、もちろん映画ならではのビジュアル的な魅力の強さもたくさん味わうことができた。“異界”みたいな刑務所と面会室の内装の異様さ、窪田正孝がランニング中に倒れるシーンなど坂道を効果的に使った見せ方、ワインボトルを使ったスマートな説明シーン、背中を向けた人物という象徴的な描写の反復など、全部ハイセンスなのに主張は強すぎないのがさすが石川慶作品といった感じだった。

激しく心を揺さぶられるというよりは、観終わったあと「ハイクオリティでカッコいい映画を観た…」という感慨が押し寄せるタイプの、ゆきとどいた上級品の映画といった感じだった。
『蜜蜂と遠雷』のときのムービーウォッチメンでもツッコまれてたけど、石川慶監督はもっとクレジットの目立つところに名前置いてもいいと思います!
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