磯野マグロ

香川1区の磯野マグロのレビュー・感想・評価

香川1区(2021年製作の映画)
3.8
【走れ正直者】20

「正直者はバカを見るんだよな、この国では」…そのことを映画を見ながらずっと考えてたら、最後の最後に、小川淳也の娘さんが父親の当選の挨拶でそう言った。正しくは、正直者がバカを見るとずっと思ってきたけど、やっと報われた、そんな内容だったと思う。
総理大臣や大統領が嘘をつきまくるという何も信じられないような政治状況が続いて、本音と建前を使い分ける面従背腹な国民は、さらに誠実さへのインセンティブを失った。もともと日本人が正直だなんていうのは、だれかに「さされる」のを恐れてのことだ。その証拠に自分で自分には嘘をつきまくる。だからイヤになって自殺する。
でも、外でほんとのことなんか言ったら損をする。後で何言われるかわからん。だから言わない。そんなことはこの国では赤ちゃんだって知ってる。
そういう日本の中にいて、しかもさらにややこしさMAXの政治の世界にいながら、バカ正直を貫く男がこの映画の主人公。彼は今回、彼自身のパワーと、わかりやすくヴィラン落ちした対立候補のおかげで、香川1区に「正直者が報われる」という輝かしい実例を築き上げた。でもそれは香川1区だけの話だった。彼が所属する党の党首選では、彼の伝家の宝刀である「正直」は通用しなかった。しかも党は混迷を深め、いまや沈没寸前。次の選挙で正直者が勝てる保証は、全くない。

正直者がバカを見ない世界が来ることを信じたいと、思ってる人は多いと思うんだよね。いまはそんなこと、とっても信じられないし、自分だけ声を上げるとそれこそバカを見る。信じる、あきらめない、細かいことは気にしない、そうやって正直者を支え増やしていかんことには、この国は変わりようがない。その思いでこの映画を撮ってきたのだろうと思うが、これ以上小川淳也を撮るならもう、彼を推すという立場をはっきりさせる必要があるだろう。
町山さんが「どうせ撮るなら平井陣営に密着しないとダメだろ、親父の大島渚のように闇をえぐれ」とどこかで言っていたが、それが撮れたら面白かっただろう。でも、あんなようなやつらはたくさんいるし、密着してたとえ悪事を暴けたとしても、うやむやにされる。
「コレクティブ」みたいに為政者側の中にいる正直者の話だったらよかったのに、取材拒否をかまし、女性カメラマンにすごむ「普通のおじさん」がたくさん出てくる前近代的な日本がバリバリに写っている映画は、もうたくさん見たんだよこれ以上この国を諦めたくない。変わらないといけないのは、やつらを野放しにしているわたしたちだ。
磯野マグロ

磯野マグロ