Hiroki

パワー・オブ・ザ・ドッグのHirokiのレビュー・感想・評価

パワー・オブ・ザ・ドッグ(2021年製作の映画)
4.3
せっかくの聖夜なので素晴らしい映画を。

ジェーン・カンピオンの12年ぶりの新作で2021年ヴェネチアの銀獅子賞(監督賞)獲得。
Netflix作品なんだけどまだ一部上映している映画館があると思うので、可能なら絶対映画館で観た方が良いです。

今作はフィルマでも西部劇/恋愛みたいな括りになってますが、とりあえず西部劇ではないです。
牧場とカウボーイが出てきたら西部劇なわけではない。
そして恋愛的な要素もない事はないのですが、どちらかというとサスペンス&ヒューマンドラマ的な感じですかね。
「西部劇とかむりー」みたいな方も安心してください。
ただし複数回、動物が解体される映像があるので苦手な方はご注意を。

タイトルの『パワー・オブ・ザ・ドッグ』は旧約聖書のサーム(Psalm)と呼ばれる詩編の一編「Deliver my soul from the sword;my darling from the power of the dog.」(剣と犬の力から私の魂を解放したまえ)からの引用です。
この時代の“犬”というのは今と違って野良犬なので、人を襲って死体を漁る不浄・狡猾・貪欲などの象徴だと思われていました。
このタイトルが後に重要な要素になるので原題のままにしてくれてありがとうNetflix Japan!

ここらへんで察しの良い人ならわかると思いますが、今作はめちゃくちゃ難解な物語です。
基本ヒントは散りばめど、説明は一切してくれません。
観る側の理解力や観察力が試される作品なので、説明セリフやナレーションの多い日本の映像作品に慣れているとちょっと厳しいかもしれないです。
「そーいうのいらないです」の人は観ない方が良いかと。

これ元々は60年代に出版されたトーマス・サヴェージの原作で、1925年という第一次世界大戦後のアメリカの片田舎で牧場主をするカウボーイのフィル(ベネディクト・カンバーバッチ)とジョージ(ジェシー・プレモンス)の物語なんですけど、とりあえずこの2人の兄弟の描き方が絶妙に上手い。
兄のフィルは牧場のリーダーでみんなに信頼されているが粗野でマッチョ的思考の差別主義者。対する弟のジョージはみんなを束ねるような度量はないけど優しく温厚で品のあるような振る舞いをみせる人物。同じ家で暮らし同じ仕事をしているが全く正反対の2人。
しかし中盤あたりから2人のキャラクターが少しづつ狂い始めてきて、ジョージは惚れた未亡人ローズ(キルスティン・ダンスト)と兄に内緒で結婚したり、別荘を売ってローズの借金を返したり、知事夫妻(地元の有力者)を招いてホームパーティーを開いたりと中々に策略家の一面が出てきます。
一方でフィルは楽器(ギター的な弦楽器)をサラりと弾きこなしたり、ラテン語を話せたり、イェール大卒だったりと実はインテリな一面が出てきます。
序盤で観客に兄=悪・弟=正義という図式を刷り込んでおいて、徐々にそれを曖昧にさせていく。
そして決定的な事がセクシスト(性差別主義者)のフィルが実はセクシャルマイノリティ(ゲイ)だったという事実。
抑圧された社会では保身や反作用的にそうなってしまう事があるみたいなので、この事自体は不思議な事ではないのですが。
ここらへんのキャラクター造形を実に状況描写と最低限のセリフ、そして役者の演技力のみで描いていきます。
これだけでスタンディングオベーションしたいくらい素晴らしい。

さらに後半、物語の軸になってくるのがローズの連れ子であるピーター(コディ・スミット=マクフィー)。
彼は序盤に登場した時から中性的な言動が目立ちマッチョイズム全開のフィルと対立構造にある存在でした。
しかしひょんな事からフィルがゲイである事、そしてなんとなく自分に気がある事を察して彼の暗殺計画を企てます。
ここからがさらに秀逸なところなんですけど、ある日動物の皮を剥いで乾燥させている所にネイティブアメリカンの親子が「その皮を貰えないか」とやって来るんですね。
この皮は何にも使わないのでただ燃やすだけらしいんですけど、家のメイドたちはこのネイティブアメリカンを追い返します。
フィルがいつもそうしていたのでしょう。西部の男(本当は西部でないのだが…)とネイティブアメリカンは宿敵なので。
しかし普段からフィルに散々虐められているローズはフィルがいないの良い事に仕返しの如く、追いかけてこの皮を勝手にネイティブアメリカンの親子に譲ってしまいます。そしてそのお礼に皮の手袋をもらいます。この手袋に重要な意味を隠しているのですね。
帰ってきたフィルが「あの皮使うんだよ!」と怒り狂う中でピーターは「それなら僕が準備している皮があるよ」と囁きます。
実はピーターは炭疽菌にかかって死んだ牛から皮を剥いで準備していました。
フィルが手を怪我している事、そして必ず素手で作業する事(途中で馬を去勢していく時も1人だけ素手で作業していて他の仲間から「まじかよ」みたいな顔をされるシーンがあったので)をわかっていたピーター。
フィルが邪険に扱っていたネイティブアメリカンの手袋は、彼が生き残るために必要な唯一無二のアイテムでした。
本当に見事なディティールです。
実際には皮膚などから感染する“皮膚炭疽”と呼ばれるものは吸引による“肺炭疽”と違い1週間くらいかけて徐々に病魔に犯されていく事が多く、急激に死に到ることはほとんどないらしいのですが、まーそこはフィクションなので。

他にも直接語る事なくいろいろ示唆されるシーンがたくさんあるので、やはりこれは観てもらわないとわからないですね。
こんなに長文書いてきてそりゃねーよって感じですが。

ただ最後に役者4人、カンバーバッチ、ジェシー・プレモンス、キルスティン・ダンスト、コディ・スミット=マクフィーの演技がそれぞれとてつもないです!
特にカンバーバッチは各所でキャリアハイと呼び声高く、自身初のオスカーも近いのではないでしょうか。
もうね、とにかく表情。それだけで要所要所フィルの感情を観客にわからせていくというとんでもない演技です。
そしてコディ・スミット=マクフィー。序盤から中盤の自信なさげで消極的・ナード的なキャラクターからどんどん変化していって、最後のフィルとのシーンでのあの恍惚の表情は本当に身の毛がよだつ思いでした。
たぶん私は初めて見たと思うのですが、これから大注目です!

個人的に今年のNetflixでNo1、全映画入れても3本の指に入る傑作でした。
文学を映像に落とし込むお手本のような作品。
ジェーン・カンピオンやはり恐るべし。

そしてさっそくレビュー長くなってすみません!

2021-128
Hiroki

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