Lou

あのことのLouのレビュー・感想・評価

あのこと(2021年製作の映画)
4.2
人工妊娠中絶が違法(行えば刑務所)だった60年代フランス。大学生の主人公アンヌは図らずも妊娠してしまう。『あのこと』(英題:Happening)というタイトルのように中絶という言葉自体が禁句的な扱われ方をしていた時代。男性はそうとして、同性にさえも助けを求めることが難しかったことが本作では描かれる。結局法律に納得できない者は闇医者に頼るか、安全性が全く担保されない危険な(もしくは間違った)方法で搔爬を行うしかなかった。もちろん麻酔はなしのため相当の苦痛を伴う。

運、というのは本作でのキーワードと言えるだろう。第一にまず妊娠をしたこと(たまたまそうならなかった他の友人との対比)。そして闇医者による中絶手術の成功可能性。仮に成功したとしても入院に至れば医師が中絶、流産(前者なら刑務所行き)のどちらをカルテに記載するかで運命大きく左右される。
つまり、女性(母体)から徹底的に自己決定権
が奪われているということ。世間はそこに選択肢を与えず、抜け道はあれどそれには心身ともに大きな代償が必要になってくる。それは今年公開された『シモーヌフランスに――』の同名政治家が、75年に通称ヴェイユ法を可決させるまで続いた。
とはいえこれは過去に済んだ話ではなく、アメリカでは昨年、憲法上で中絶を保証する最高裁判決が最高裁自らによりひっくり返ったばかりという......

最後に、1つこの映画で意識したいのは徹底した主人公目線を貫いているということ。言い換えればどうして社会がそうなっているのか、理由や歴史、宗教的なことは描かれていない。そのようなしがらみを一旦傍に置いた時に、何が残るのか。痛みである。この映画は、徹底して内側で起こる痛みの共有を図っているように感じた。

この意味で本作を見ただけ中絶の全てを語ることはできないが、間違いなく、ひとつの立場を理解することには大いに資するように思う。
Lou

Lou