2022.03.30(78)
劇場・字幕
初
ケネス・ブラナーの自伝的な作品。舞台は1969年のベルファスト。
ベルファストと聞いてピンとくる方は北アイルランド紛争について多少の知識をお持ちだろう。私はイギリスの歴史を扱った映画が好きで、それらの中に時々出てくる北アイルランド紛争について少しずつ興味を抱いていった。そして映画「ベルファスト71」や「HUNGER」などを通して、それがどれだけ複雑な問題なのかを知った。とにかく複雑なのだ。ざっくり言えばプロテスタントとカトリックの間に起きた紛争だが、それだけで説明するのはあまりにも大雑把過ぎる。頭の中を整理したくても情報量が多く、また入り組んでいる為、なかなか理解が及ばない。もし今作を鑑賞予定で、北アイルランド紛争についてほとんど知らない方は、今作の公式サイトに「歴史背景」が紹介されているので、それを読んでおくのをお勧めします。
で、私はそんな状態で今作を見たのだが、とても分かりやすかった。
主人公の少年バディの目線を通して当時のベルファストがどんなだったか。人々はどんな生活を営んでいたのかが、丁寧にすくい取られている。
それは昔の日本の長屋暮らしに近いような感じがした。ご近所みんな家族みたいに仲良くて、カトリックの子もプロテスタントの子も同じ学校へ通っている。
日本の長屋暮らしと違うのは、度々暴徒が現れることだ。鉄条網で遮られた所はまるで国境のようで、度々ロンドンへ出稼ぎに行っては帰ってくるお父さんは、身元をきちんと説明しないと町の中へ入れない。
暴徒はベルファストに住むカトリックを排除しようと、火炎瓶や石を投げたりして暴れていく。カトリック排除と言いながら、プロテスタントが住む家にも被害が出るし、子どもたちがいてもお構い無しだ。そして中立の立場であるバディのお父さんに、家族の安全をチラつかせながら、カトリック排除に手を貸すよう口説きに来る。
こうやって文章にすると、陰惨なイメージになってしまうが、今作は陰鬱さよりも、そこに住む人々のタフさやユニークさを描いていて、鑑賞しながら時々声を出して笑う場面もあった。おじいちゃんやおばあちゃんの存在はとても大きい。
自分の話ではないのに、不思議と郷愁を誘う作品で、子ども目線の小津作品が頭に浮かんだりした。
今起きているウクライナのことも頭をよぎる。きっと仲良しで同じ学校に通っていたウクライナの子どもたちとロシアの子どもたちもいるだろう。それが今の状況により分断を強いられている。
今作を鑑賞し終えて、紛争による辛さの中にあっても希望を持って生きて行こうという、ケネス・ブラナーからのメッセージを感じた。
もっともっとバディ一家の姿を見ていたかったな。バディから見たお父さんとお母さんのかっこよさったらなかった。キラキラした思い出は、辛さを生き抜く糧になる。