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As I Want(原題)のKnightsofOdessaのレビュー・感想・評価

As I Want(原題)(2021年製作の映画)
2.0
[エジプト、"Cairo 678"の裏側] 40点

2021年ベルリン映画祭エンカウンターズ部門選出作品。モハメド・ディアブ『Cairo 678』という作品は、ムバラク政権末期の2010年に発表されたエジプトにおけるセクハラや痴漢について、被害にあった女性や彼女たちを助ける女性たちの物語である。本作品はそれに続く2011年から始まる。ムバラクを追い出さんとする大規模デモの最前線で、押し合いへし合いの中若い女性デモ参加者が集団強姦されかけたのだ。しかもその一部始終は監視カメラによって捉えられており、何が起こったのか監督の静かな怒りの込められたナレーションで解き明かされていく。国のトップがムバラクだろうがモルシだろうが、女性が感情のない物体として扱われ、街を歩けば卑猥な言葉を投げかけられ、監督がそれを記録していると知ると狼狽えたり取り繕ったり襲いかかってきたりと様々な反応を返す、などと全く変わっていないのだ。それどころか、他の女性たちもまた、西洋的な服を着て髪を出している監督に対して"自分が正しいことしてると思ってるの?"などと声を掛け、これまでの状況を黙認しようとしている。映画はエジプトに生きる女性の目線で、通りで出会う男たちの目線を、それに抗う女性たちを、そして激動の時代を辿るエジプト社会を記録していく。

語りの合間に、映画が始まる前に亡くなった母親への語りが挿入される。監督の母親はパレスチナ出身で、16歳の若さで結婚させられた過去があり、常に抑圧されて育ちながら、それを娘である監督にも受け継ごうとしていた。そんな母親に対して、"もう苦しむ時代が終わるのよ"といった具合に語りかけていく。そもそも、根本は同じとは言えもはや国すら異なる問題を混ぜ合わせて語るのがあまりにも危険なのだが、それに加えて本作品はいくつかの問題を抱えている。まず、映画は2013年で終幕を迎えるが、現在は8年も経った2021年であり、その間の動向が完全に抜けていることである。『娘は戦場で生まれた』『9 Days in Raqqa』のように、撮影から公開まで時間のかかる類のドキュドラマであることは理解できるが、後述の通りこの8年の間にコロナを含めてあまりにも多くのことが起こりすぎたことが、仇となってしまった。次に、この映画だけ観れば"モルシ&ムスリム同胞団=悪、後任のシーシ&軍=救世主"のように描かれているが、その後のエジプトについて知っていれば全くそんなことはないどころか、監督たちが勇気を持って起こした行動が利用されただけだったということについて、本作品は全く描いていない。本作品が2013年に公開されていたならこの表現でも納得だが、公開までの8年間、その手のひら返しを間近で観てきたはずの監督がどうして描かないままセンチメンタルな内省で締めくくってしまったのだろうか。

奇しくも同じエンカウンターズ部門の中に出品されたアリス・ディオップ『We』は監督とその親族の過去を語りの中心に置き、それをフランスへの移民全体へと拡大させていくという、本作品と似たような手法を取っていた。同作はその手法が上手くハマっていたのに比べると、本作品では水と油のように感じてしまった。
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