近本光司

麻希のいる世界の近本光司のレビュー・感想・評価

麻希のいる世界(2022年製作の映画)
3.5
麻希のいる世界というタイトルは、また同時に麻希のいない世界の到来を予告している。したがってわたしたちは、はじめの砂浜での二人の視線の交換による出会いのシーンから、すでにいずれ来るべき別離の予感を重ね合わせてこの映画を見つめることとなる。そして予想に反して、作中ではその別離は死によってもたらされるのでなく(かたや由希のほうも死と隣り合わせにある持病をもつという設定だった)、麻希の記憶喪失といういささか強引なプロットによって取り持たれる。オレンジ色の盗難自転車とテレキャスター。あらたな人生をスタートさせた彼女が跨っている自転車は、もはやオレンジではない。終盤に差し掛かると、前述の記憶喪失といい、由希の声の喪失といい、男子生徒の少年院送りといい、こうした設定に作品そのものが喰われてしまった印象を受けたが、前半部分はひじょうに素晴らしかったとおもう。冒頭の短いショットの連なりだけで、ひじょうに効率よく人物たちの関係性を説明し、物語のなかへと引き入れていく。弛緩することのない撮影や編集、演出のありようは、へんないい方になるが、まさにプロの仕事という印象をもった。撮影は中瀬慧(グレーディングにもクレジットされていた)。『魚座どうし』の撮影といい、彼の仕事はすごい。

 しかし麻希の掻き鳴らすテレキャスの歪みがやたらと気持ちがいいなと思っていたら、楽曲は向井秀徳。ああね。