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アウシュヴィッツの生還者のCHEBUNBUNのレビュー・感想・評価

アウシュヴィッツの生還者(2021年製作の映画)
3.2
【恋人に会うために私は拳を振るう、痛みを宿した】
2023/8/11(金)より『アウシュヴィッツの生還者』が公開される。本作は、『グッドモーニング、ベトナム』や『レインマン』で知られるバリー・レヴィンソン監督が、ボクサーとしてホロコーストを生き延びた男の実話ものを映画化した作品だ。今回、キノフィルムズさんのご厚意で一足早く鑑賞したので感想を書いていく。

哀愁を抱えながら試合に臨むボクサー・ハリー(ベン・フォスター)。彼の顔には翳りがあり楽しんでボクシングをしている様子は見受けられない。実は彼が強いのは、ホロコースト時代にナチスの賭けボクシングで、生き延びるため必死になっていたからである。だから彼が拳を振るう時、同胞の顔が浮かぶのだ。しかし、彼はアメリカで拳を振り続ける。それは生き別れた彼女に会うためであった。自分がボクシングで有名になれば彼女に会えるかもしれないと拳を振り続けていたのだ。毎年、日本でもホロコーストをテーマにした作品が多数公開されるが、まだまだ映像化されていない物語があるんだなと思うほどユニークな語り口であった。

『スフィア』のようなSF映画でも人間心理を描くため、じっくり腰を据えた語り口を展開する印象のあるバリー・レヴィンソン監督だけあって、胸熱なボクシングドラマではなく、暴力を振るうことで過去と対峙し、その中で生じる葛藤が少しずつ未来を切り開いていく作劇となっている。一つ一つのハリーの佇まいから人生の深みが染み出してきており、また空間も黒を基調とし、翳りを強調していくため、観ているうちに彼の痛みが観客の心にまで伝わってくるものとなっている。

アメリカパートが暗めの色調で描かれているため、過去編を白黒で描く必要があったかなと疑問に思いつつも観応えある作品に仕上がっていた。バリー・レヴィンソン監督衰え知らずである。
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