自家製の餅

クナシリの自家製の餅のレビュー・感想・評価

クナシリ(2019年製作の映画)
3.4
日本国が領土権を主張しつつも、ロシアが実効支配し続けている北海道東端に隣接する国後島──北方領土と言われる4島のうちのひとつであり、千島列島で最も北海道に近く、根室海峡の先に見ることができるほど近い。

現在のロシア系住民のインタビューを中心としたドキュメンタリーで、貧しい生活と豊かな自然のコントラストの狭間に、旧ソ連時代の「遺構」と大日本帝国時代の日本人への郷愁が挿入される──。

第二次世界大戦/太平洋戦争は1945年の夏に2度の原爆投下と昭和天皇による玉音放送で終戦を迎えたとされる。しかし、現実には終戦の日とされる8月15日を過ぎてもソ連軍の侵攻は止まず、日ソの国境であった満州、樺太(サハリン)そして千島列島(クリル諸島)を舞台に激戦が繰り広げられた。
その残骸である武器や戦車、錆びついた船が「クナシリ」には残っていて、住民たちはそれを手掛かりに生きている節さえある。
物資が不足し、80年も前から時間が止まっているのだ。主な産業である漁業も、雲丹などの高級食材はクナシリの人々の手には渡らず、痩せた土地で自給自足のような生活をしているようにも見える。
戦勝記念日には軍人であった祖父らの写真を掲げて行進し、日本軍を追い詰め降伏させたその場所で再現の演習すら行う。日系の将校に日本人役をさせるほどの入念さもあった。

他方で住民たちは、日本人の器用さ、生活の豊かさを回想する。町のつくり方、鉄道、漁業などおそらく西国から伝ったであろう近代文明によって開拓された1945年以前の様子を"Good Old Days"的に語る。日本人は、写真ひとつ持つことも許されず引き揚げてしまったのだが。

温泉なのか沼なのかわからないものに浸かり、泥を身体に塗っている様子はロシア人らしい。また自然は北海道を想起させるもので、複雑な時代あるいは政治性が、環境と行動に表出している点は興味深い。ただ、クナシリ人の彼は「ロシア人」なのか。日本人が去って貧しくなり、水洗トイレすら新設できない彼らも、引揚者同様に翻弄されている点が眼差しから伝わってくる。

ロシアにとっては重要な軍事拠点でもある北方領土の現在の姿を見ることができる貴重なドキュメンタリーであった。
70分強と短くまとまりもあり、政治的イデオロギーも極力感じさせないのもうまい。