がぶりえる

オッペンハイマーのがぶりえるのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.1
アカデミー賞7冠に輝いた傑作であると同時に、21万人を殺した殺戮兵器の生みの親、「原爆の父」ことロバートオッペンハイマーの栄光と没落を描いた問題作。

まず何より、ハリウッドの最前線を走るクリストファーノーランという影響力の大きな監督が、「原爆」をテーマに、核が世界に与える恐怖を今この時代に描いてくれたことが良かった。題材が題材なだけに細かい描写の賛否はもちろんあるだろうが、総じて「反核・反戦映画」となっていることは満場一致だろうし、その旨を余す所なく観客に訴えかけてくる作品であったことは間違いない。ラストのシークエンスでは、現在進行系で核の脅威にさらされている世界に生きる我々に対して、「人間と科学技術の対立において、「科学をどう利用するのか」という選択を間違えると、血塗られた負の歴史を繰り返すことになる」ということを観客に向けて強調していた。

天才ゆえの世渡りの下手さや、病みやすい性格、女好きな性格など、等身大のオッペンハイマーを描くことで、彼の頭の中に観客を取り込み、彼の半生を追体験させる構造の作品であることに驚いた。というのも、これまで全くと言っていい程人物の心情描写に興味がなかったノーランが、今回はオッペンハイマーという、1人の天才科学者であり、殺戮兵器の生みの親である男に感情移入して、彼を通して核の脅威にさらされた世界を描いている。オッペンハイマーの周辺人物達も皆オッペンハイマーの人生の決断や心の変化に大きく関わった人々ばかりで、人との関わりの中で生まれるドラマにもフォーカスしている。
ノーランの新たな1面を見れた嬉しさと彼の守備範囲の広さと器用さに驚かされた。

本作を鑑賞した日本人の中には「被爆した広島や長崎の映像が全くないことがこの映画の欠点」と指摘している人もいるらしいのだが、僕はそういう映像がないことが良かったと思う。というのも、「核の脅威」を伝えるのにあたって「映像のショッキングさ」で終わって欲しくなかったからだ。「どれだけショッキングな映像を撮れるか」が主眼になっている戦争・反核映画はたくさんあるが、きっとノーランは核の脅威が思想的・道徳的な議論の不足から生まれたものであることを強調したかったのだと思う。それに、核による被害をおそらく1番よく理解していたオッペンハイマーが、原爆投下後の広島長崎の写真を見て、直視できずに目を逸らすシーンで十分その悲惨さは伝わる。この映画で1番ショッキングなシーンをあえて見せないことで、その悲惨さや恐ろしさは我々観客の想像に委ねられ、恐怖は倍増している様に感じる。

もはやノーランの手癖とも言える時系列いじりは今回も凄まじい。ただでさえ情報量が多い作品なのに、時系列もわけわからんという不親切設計。オッペンハイマー視点・ストローズ視点・過去回想という3本のストーリーラインが同時に進行する大忙しの3時間。ついていくのがやっとで、処理落ちギリギリでなんとか耐え抜いたが、鑑賞後に喩えじゃなく頭痛がした。しかし、作品を見終わった後振り返って見ると、この複雑かつ難解な時系列の理由は理解できる。オッペンハイマーと彼を悪役にしたてあげようとするストローズとの対立劇をオッペンハイマーの過去に触れながら見ていたんだなぁと気付く。ストローズの策略が明るみに出る、という映画としてのもう1つのクライマックスを作ることで、作品の裏テーマ的な構造を見せたかったのだろう(おかげでこっちの頭はパンク寸前なのだが...)。ノーラン、頼む、もう少し分かりやすく......

と言いつつも、ノーラン作品の中ではトップクラスに好き。彼のこれまでのキャリアの中で最も成熟した一本だと思う。ここに来てまた新境地に辿り着き、オスカー7冠という華々しい成果を挙げたノーランの次回作により一層期待が高まる。