三國

オッペンハイマーの三國のレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
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質の良い伝記。演出も秀逸、プロットも文句なし。
それ以上のことに言及し出すと、自ずと政治的言語を避けられない。しかし、オッペンハイマーの偉人たる所以は、その政治性にあったとすれば、それも無理ないか…

意外と、戦前の左翼台頭や戦後の赤狩りなど、思想劇の趣が強いのね。プロメテウスの神話をはじめ、欧米の連中は全て基礎教養として体得しているとするなら、彼我の差に愕然とします。数式も楽譜のようにーー文化なんだな。万国共通の真理というものではない。分かり切ったことかも知れないが、そして当人たちにとっては万国共通の真理と信じて疑わないのかも知らんが、彼らが2000年の歴史という重みに、圧倒された。往時の対戦で、というだけでなく、本作から受ける第一印象もそういうものだろう。文化が圧倒的に肥沃なのである。
学者も庶民も政治家も、皆その上に乗って話している。共通項=コード、即ち神。これにはビックリだ。ポジショントークにご執心の我が身は何とも頼りない。
坂口安吾を持ち出して飛行機を作れとか、原子爆弾を先に作れなかったとか、技術論に帰着させるのは無害のようだけど、最も重要な点は正しく精神のことではないかしら。

かといって卑下や努力を説きたいのでは全くなく、コスモポリタンの自分としては驚くことに、広島長崎の件では怒りのような感覚も覚えました。これがヒュマニズムに基づくものか、それとも愛国心に基づくものか、差し当たって言及しないけれど。

追記
ただ、昨年観た映画(10本もない)のなかで最高傑作だった(と勝手に思っている)ゴジラがこちらにあって、あちらは本作が非常に話題になっていて、よくよく考えてみると両作ともに原水爆がシナリオの起点にあって、こうしたところに彼我の差を感じる。特にゴジラは、初代も東宝名画座で観てみましたが、怪獣登場の衝撃だけが一番で出落ちの感が強く、やり切れない。それに対して本作は、ちょうど中腹にある瞬間的絶対性ーーそれ自体に善も悪もない、全き一事件ーーを跨いで演じられる政治劇=ドラマにこそ見どころがある。絶対に人間の地平を離れない。数式が楽譜と同じく文化というのはその意味で、この点で思い返されるのはシンウルトラマンの終幕、文化的土壌を一切抜きにした科学者たちの知的奮闘ーーそこに如何に文化的な泥臭さが欠如しているか! 実際、スーツの着こなしから椅子の座り方まで、しっかりした型がありますよ。その型を守ることで、実に自由に振る舞っている。
…そういう楽しみ方、考え方もできます。
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