じょんぽーる

オッペンハイマーのじょんぽーるのレビュー・感想・評価

オッペンハイマー(2023年製作の映画)
4.6
「原爆(戦争)は悲惨なものなので、できるだけそういうの流さないようにしよう」っていう風潮はもう死んだと思う。もしくは、一刻も早く死ぬべきだと思う。
鑑賞後感じた第一の印象はこれだった。『オッペンハイマー』を通して、悲惨な歴史を史実(出来事)レベルではなく人間レベルで捉えることの必要性を感じた。日本人として受けてきた歴史教育やメディアでとりあげられる”原爆の歴史”はいずれも当事者(被害者)としてのフィルターがかかったものでしかないと認識すること。ロシアとウクライナのこともあってこの時代久しぶりに戦争が身近な話題になった(なってしまった)今だからこそ、この映画の価値というか、この映画が存在し、評価されるべき意味を見出すことができたような。あの戦争のあの原爆投下に関わることになったある「人」の歴史から「あの出来事」を改めて見つめることができた。それはこれまでわたしが数少ない「長崎・広島の原爆投下について考えた」ことのなかで最もニュートラルな体験だったと思う。
そして『オッペンハイマー』という作品で、アメリカ(アメリカ人)が日本への原爆投下をどう思っているのか的な、そういう議論やレビューをするのはものすごくナンセンスだと思った。アウト・オブ・ザ・ポイントすぎる。あの演技も演出も、研究者という立場で一連に関わり、見届けたのであって、アメリカ人全員を表現したわけではない。あの感情の流れ、ものすごく自然だったと思う。
以下作品自体の魅力について、ポイントだなと思ったこと。
①引用がきいている
クリストファー・ノーランのような巨匠にこんなことをあげるのは失礼というのは十分わかっているけれど、洋画の「基本のき」でありながらやはり大事なんだなと思わせてくれた。ギリシャ神話の「プロメテウスは人間に火を与えた。その罰として永劫の苦しみを与えられた」という引用から始まるこの映画。プロメテウスは結局生きたまま拘束されて内臓をちょっとずつえぐられる刑的なものを受けながら死んでいくみたいなオチだった気がするんだけれど、これを冒頭刺してくる時点で、オッペンハイマーについてゼロ知識でも、プロメテウスが彼のメタファーであり彼の生涯ないしこの3時間もある映画の流れをおおよそ把握して安心して鑑賞することができる。聖書とギリシャ神話は洋画ファンなら読んどけみたいなこと聞いたことあるけれど、いろんな映画をみてきて、やはり間違ってはいないと思う。
②エンタメ性の高さ
ノーラン監督の「らしさ」が十分に溢れていて本当に、見事としか言いようがなかった。「過去」「回想」「真相」の3つの時間軸が交差しながらすすんでいくカオス感は『メメント』を思い出す。複雑にシャッフルされているのでこちらもよくわからなくなってくるし、人によってはいわゆる「もやもやした感」があると思う。だけれど、いろんな作品に触れるたび、「もやもやした感」は決してその作品の不出来ということにはつながらないし、むしろそれが意図や演出の場合もあるんだということに気づいた。もちろん「すっきり」が”正解”の作品もあるけれど、この一本に関しては消化不良パターンで”正解”。また爆発や原爆投下の緊張感を音楽で表現する感じは『ダンケルク』を思い出す。映像も「おっ、いいね!」と思わせてくれたけれどギリ私の範疇。とにかく音がすごかった。正直緊張の演出はできすぎていて何回か吐きそうになったくらい(笑)。
そんな、消化不良も、もはや体調不良の緊張感も、映画体験としてかなり貴重なものだと思うので、アカデミー賞作品賞も納得!
③毒リンゴから考えられる多様なメタファー
誰がみても印象に残ったであろう、リンゴに青酸カリをかけたシーン。ここは絶対に本作で外してはいけないところだと思う。特に文学においてリンゴは「愛」とか「知恵」「禁断」のメタファーとしてテッパン。
(ⅰ) リンゴ=「愛」
この物語は愛というと大袈裟だけれど、(でも最後らへんで愛していた、っていう確かなセリフがあった気がするけれど)少なくともリスペクトする者を、越えるために殺していく要素がある。全員が誰かをリスペクトしていながらコンプレックスを抱え、それを越えるために裏切りやいろんな方法で「殺し」ていく。つまり誰もが毒リンゴを隠し持っている状態で、なんかその虚しさもいいなと思った。
(ⅱ)リンゴ=「物理(学)」
ぶっちゃけわたしが最初に思ったのはこっちで。ニュートンのりんごの木、とか言われる万有引力発見の話がある。リンゴ=「知恵」にもなるかもしれないけれど、あのリンゴはオッペンハイマーにとってかけがえのない存在であった「物理(学)」で、それに毒をかけたということは、「物理学を追い求めることで、自らの手で物理を殺人兵器にしてしまった」というメタファーでもあったんじゃないかな、と思ったり。

ほんと、考えさせられることがもりだくさんであっというまの3時間だったし、シンプルにやっぱり映画ってすごいよな、と思わせてくれた作品だった。言って終えば栄枯盛衰モノ、戦争映画。二つとも結構苦手なジャンルなのに、めちゃくちゃ面白かった。勇気出して観て良かった〜!!
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