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ノースマン 導かれし復讐者のichirotakedaのレビュー・感想・評価

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舞台は中世の北欧。王である父(イーサン・ホーク)を叔父に殺され、母(ニコール・キッドマン)を連れ去られた王子・アムレートの復讐(ふくしゅう)の物語が描かれる。

といっても、アムレートに「王子」という言葉から連想される気品は全くない。弱々しい少年が成長するとその面影は完全に消え、いきなり筋肉ムキムキの獰猛(どうもう)なヴァイキング戦士になっているのだ。しかも、略奪に進んで加担し、良心の欠片(かけら)も見せない。

仇(かたき)が国を追われ、アイスランドで農場を営むことを知ると、アムレートは売られていく奴隷たちに紛れて敵地に乗り込む。そして、復讐の機会をうかがう。

アムレートを筆頭に、登場人物たちは徹底して野蛮。この世界では一切のヒューマニズムも知性も通用しない。強き者が勝ち、支配する。弱き者は蹂躙(じゅうりん)されるのみ。これぞ中世。

「野蛮こそ正義」と言わんばかりに全編を貫く、突き抜けた野蛮さは、軟弱になった昨今のハリウッド映画に喝(かつ)を入れているよう。

その野蛮さの象徴が、殺戮(さつりく)の場面だ。ロバート・エガース監督は劇的に盛り上げることはせず、背景の一つとしてアッサリと描く。それがこの世界では当然の日常と言わんばかりだ。

暴力の化身の如き迫力をみなぎらせるアムレート役のアレクサンダー・スカルスガルドをはじめ、俳優陣の誰もが終始ハイテンションで吠(ほ)え、暴れまくる。特にニコール・キッドマンのタフさは圧巻だ。

そしてラストは、このハイカロリーな作品にふさわしい、灼熱(しゃくねつ)のマグマの中での一騎打ちが待ち受ける。その終局のシルエットが、また実にカッコいい。

どこを切り取っても、こってりと濃厚な芝居が繰り広げられる中、アニャ・テイラー・ジョイだけが澄んだ凛々(りり)しさを放ち、血と泥にまみれた世界に一服の安らぎを与えていた。