80年代のアメリカ映画界はSFブームだったことも相まって、プロダクションデザインが急速に進化した時代だと思うんだけど、本作は古臭くてアナクロ感を覚える。どうにかならなかったのか……。
世の中には無双映画というジャンルがあると思う。で、その手の映画の担い手はもっぱらスティーブン・セガールやアーノルド・シュワルツェネッガーだった。
彼らは圧倒的武力(武術)を持ってして、人の道を外した悪>>続きを読む
1954年に19歳の好青年が華々しくミュージシャンデビューを果たした。名は知らぬ者などいないエルヴィス・プレスリー。デビューするとたちまち話題となってヒットを連発する。時代、とりわけ若者の寵児となって>>続きを読む
実在のシリアルキラー、ロドニー・アルカラを、被害者の目線で描いた映画。アルカラのカメラとテレビ局のカメラを地続きにつなげてみせることで、女性への搾取が浮かび上がる構成は見事である。距離感のおかしい奴=>>続きを読む
ランボーを換骨奪胎しつつも、ドンパチや流血沙汰をなるたけ避けて近接戦闘、それも無効化・封じ込みが重点としたハードボイルドアクションである。殺害まで至らない(汚職警官たちは殺しにきているが)感じがアメリ>>続きを読む
世の中には「指示」する人間と「聞く」人間がいる。お前は聞く側だ!というわけで監視されながらテロリストの一端を担うことに……。当初こそ客体だった主人公が主体となって行動し、主人公らしくなる展開が印象に残>>続きを読む
友情の形成と崩壊、そして再生。人家を経由したチェイスシーンを初めて取り入れた映画として名高いが、じつは内田吐夢『警察官』(1933)のほうが先。冒頭の警察署内の案内場面は、短いカットを積み重ねる方法も>>続きを読む
不良学生の跋扈により荒廃した仁義泣学園が舞台のコメディ映画。原作漫画の方はわりとハードな内容だった一方、こちらは軟派であり、先ほども述べた通りコメディ寄り。主役や準主役も吉本から引っ張ってきて、横山や>>続きを読む
映画のストーリーを練る3人組とその物語世界の主人公を演じる人とそれを観ている我々というメタ構造。最後の最後で脚本家たちの練るストーリーが事実だと判明すると、「実話は退屈だ」の一言によってバッサリ切り捨>>続きを読む
リメイクの意義が理解できなかった。あらゆる箇所がオリジナルより劣るんだけど、とりわけセットのお屋敷が新築みたいにピカピカすぎて違和感を覚えてしまう。汚しのひとつくらい入れよう。モノクロなら隠せる部分も>>続きを読む
今回はトキシック・ファンダムがテーマ。映画内映画の『スタブ』の出来に我慢ならずリメイクも兼ねて殺人行脚って……笑
レジェンド俳優のあの方が雑に退場させられていてショックでした。
小さな町の障害者たちに襲いかかる殺人鬼の魔の手。犯人は誰だ?!いちいち撮影が上手い。鏡の前に佇む女性からカメラがゆっくり引いて右横へ移動すると物陰に隠れた犯人を映し出す。シンプルだが効果的。濃い陰影に>>続きを読む
カントリーミュージックとオクラホマ舞台、そして低学歴のヒルビリーが大活躍し、それを演じる俳優はテキサス出身のグレン・パウエル……ときたら共和党寄りの映画と見られてもおかしくない。だけど、当初こそ正反対>>続きを読む
フリオ・コルタサルによる短編小説「悪魔の涎」の映画化。ロンドンを拠点とする写真家トーマス(デヴィッド・ヘミングス)は、公園で戯れる男女のカップルを撮影した。後日、写真を拡大すると拳銃を持った男性が写り>>続きを読む
歌舞伎町を根城とする中国残留孤児の龍一(竹内力)とやさぐれ刑事城島(哀川翔)の対決を描いた映画。OPで世界観を一気呵成に説明する手腕はさすがで、受け手を映画の世界へと引き摺り込む。ラストは……語らなく>>続きを読む
不気味な赤い月を見、怯えるジャイアンとスネ夫。そこにのび太が、攫われたしずかちゃんを助けるべきだと2人を諭す。常闇の奥からやってくる魔王軍の手下たち。手も足も出ないジャイアンとスネ夫はすっかり怖気付い>>続きを読む
初期の北野武やエドワード・ヤンが好きな人ならば絶対にハマるとおもう。風景の切り取り方ひとつ見ても日本ぽくならずアジアな雰囲気なのも好感を持てる。意図的に切り返しを省いているのもストイックだ。
頭脳ではなく暴力で真実にたどり着く、逆金田一耕助映画の最新作。一作目と二作目より脚本が洗練されている。警察側のミスによって物語を遅延させる、というハリウッド的話法を採用してないので、フラストレーション>>続きを読む
フィリピンの地下格闘で日銭を稼ぐマルコ(カン・テジュ)は韓国人の父に会うべく韓国へと向かう。その道中で出会った謎の男性、通称・貴公子(キム・ソンホ)はマルコを翻弄しながらも導いていく……。
キム・ソ>>続きを読む
主人公のマックス(ジェイミー・フォックス)にとってタクシーとはいわば殻に閉じこもるための道具であり(それを象徴するかのように、マックスがタクシーの扉を閉めた途端、騒音が消えて無音になる)、終盤近くで自>>続きを読む
後続の任侠映画で見られた、殴り込みのカタルシスはなく、男女の愛の情念劇にウエートをおいている。よって自分はあまり好きではない。
東映任侠映画の制作理由の一翼を担った作品だけど、うーん、微妙。まず石原裕次郎のボディランゲージが説得力を欠く。任侠映画の魅力のひとつは所作にあるわけだからさ……。
起立しているはずの人物が次のカットでは座布団に腰をおろしているように、編集の苦心を垣間見る。これ以上長かったら回転率が落ちて劇場で上映しづらいものね。カットの飛躍はあれど、ストーリーは論理的につながっ>>続きを読む
任侠映画にこだわった山下耕作に実録モノを撮らせるなんて随分無茶な企画だ。夜桜銀次(菅原文太)が時代の変化についていけず、凋落していく姿に哀愁を感じる。
災害時に利己的な権力者が現れたら全滅するという話だと思う。マンションの上層階に住む者が下層階に住む者を見下すという構図は、階級の表れだ。
ハロウィン近づく折、息子を戦地で亡くした家族の元に「彼とは親しい仲」と名乗る除隊兵が現れた。名はデヴィッド。家族の問題を片付けるデヴィッドだが、裏の顔があった。
スラッシャー映画のオマージュかのように>>続きを読む
家政婦と郵便局員が手を組んでブルジョワ一家惨殺までを描いた作品。なぜブルジョワ一家惨殺に至ったのか、という動機の機微が細かく描かれており、かなり厭な映画だと思う。表のツラは良くとも心の奥底では家政婦を>>続きを読む
上州、草間温泉へと向かう馬車の中、博打に誘う怪しい男一人。名を岩木五郎(人見きよし)という。それを見破った貴島勝次(北島三郎)はそのイカサマ師を馬車からたたき出した。安心した一同は博打に参加するが、実>>続きを読む
ダブルデートのカップル二人組が移動式遊園地の一角にあるお化け屋敷で悪夢の一晩を過ごす。冒頭の、一人称視点とお風呂場で襲われる場面は露骨に『サイコ』と『ハロウィン』であり、フーパーあんたもやりたいのか、>>続きを読む
タクシー運転手の殺害とそのタクシー運転手を殺害した青年の死刑が対比されるが、どちらがより残忍酷薄かではなく、どちらも同等であるとする。本作品の公開された同年にポーランドの死刑制度が廃止されたことを思え>>続きを読む
弱者同士の連帯によって資本家という巨悪を打ち倒すというのは痛快だけど疑問もあって、資本家と戦う主人公の動機がいまいち見えてこない。確固たる意志を感じたのは看護師の女性くらいだな。
命を狙われているボスを5人の護衛は守り切れるのか?という単純明快なストーリー。劇伴のチープさが気になるものの、ジャスコの銃撃戦で帳消し。アメリカ映画のように物量勝負のアクションではなく、言っちゃえばヨ>>続きを読む
フレディ・ヘフリン(シルヴェスター・スタローン)はニュージャージー州ギャリソンにある小さな町、コップランドの保安官。ニューヨークのような大きな都市で保安官として従事したかったが、不慮の事故により片耳が>>続きを読む
重たい題材が阿部サダヲの軽やかな演技によって見やすくなっている。どいつもこいつも大金に目の眩んだクズばかり。堅実にコツコツと生きるのが最も幸福なのだ。
ストーリーはふつう、というか定番中の定番をやっているだけである。『グロリア』の系譜なのであの映画が好きならまず間違いなく心を射抜かれるはず。岡田准一でリメイクしたらいい。