しみたれうおさんの映画レビュー・感想・評価

しみたれうお

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エル ELLE(2016年製作の映画)

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ながくいっぽんの線を最後までバーホーベンに引かせてしまうお嬢はスペシャル。線の濃淡をたのしむ。

散歩する侵略者(2017年製作の映画)

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家屋内を撮ることのオブセッション、などにより、奥行きが潰えてゆく。フレームの外側を推測できるものはなにもない。はためくシネマスコープの世界で、地球は滅亡の危機をむかえ、愛がうたわれる。泣いた。

パターソン(2016年製作の映画)

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ジョッキのビールを眺めていて、ふいに、店内をみまわし、またビールを見るというような思惟的場面に、まったく意味合いを寄せつけない清廉さがあるいっぽうで、通勤路の、なんとまあきもちのよいこと。

五番町夕霧楼(1963年製作の映画)

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かくすことをかくしすぎて、情感のおこしかたがいささか脅迫めくが、劇としてのおもしろさは損なわれない。そして、夥しい戸、戸、戸、さらに戸。

骨までしゃぶる(1966年製作の映画)

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画面のほとんどを覆うはいだままの、計算外の形状の布団の塊のむこうで、計算づくの特別なことをおこそうとしており、興奮した。

春の夢(2016年製作の映画)

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脱力と束ねるにはあまりにもゆたかなじかんと、あざやかなおどろきがふいにあらわれる。

夏の娘たち~ひめごと~(2017年製作の映画)

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余韻をすすんでわすれたシーンのおわりと、シビれる省略が、性急さに与しない不思議。おおらかなモーションで放られる豪速球。ヤバい。

拳銃魔(1949年製作の映画)

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逃走車内でハンドル状のわっかをにぎっているだけのように見えるおとこと寄り添うおんなの窮屈さと、ソーロングソーロングつっていったんわかれてもどるところは思いかえすだにぐっとくる。

明日に別れの接吻を(1950年製作の映画)

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アクセルを踏みこんではハンドルをふりまわす目眩がするようなでたらめ、さいこう。

充たされた生活(1962年製作の映画)

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役者の切実さが、その強さゆえに風雪に耐え、むしろノイズになってしまうという。

脅迫者(1951年製作の映画)

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ものがたりの全貌が容易にはあきらかにならず、ずりずりと終盤へ押しだされるよな快感。

アンデスの花嫁(1966年製作の映画)

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弟子筋が奥さんにせまるところは、一人ごっつマネキンコントの源流といってさしつかえないだろう。

桃色の馬に乗れ(1947年製作の映画)

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こどもがする話をおとなのスキルで語りなおしたかのような。

ザ・マミー/呪われた砂漠の王女(2017年製作の映画)

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クロスオーバーを目論む色目のためにいろいろとりこぼしている。墜落してゆく飛行機からおんなを脱出させたあとの艶やかなトム!

憐 Ren(2008年製作の映画)

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並走する自転車の会話。夕飯。頻出するこのふたつがいい知れぬ不安をさそう。なんなんだこれは。もういちど見たい。

妄想少女オタク系(2007年製作の映画)

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木口亜矢さんの台詞まわしのグルーヴが、やがてクセになる。飄々と、夏の「予感」だけを持続させてゆき、だれもかれもがなににも気づかない。傑作。

ハクソー・リッジ(2016年製作の映画)

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アンドリューガーフィールドでなかったばあい、7月4日ころのトムクルーズだったらあるいは、というありえない夢想をしてしまうくらい、かれがいい。

スペース カウボーイ(2000年製作の映画)

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ふだんイストウッド映画において目をつぶったり黙らされてきた些細な瑕疵の博覧会のような作品だが、シャトルの打ち上げを35mm文芸座の音響で見られることの僥倖。

目撃(1997年製作の映画)

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クリントが、おのれをマクガフィンとして機能させようと果敢に挑む実験作。

アシュラ(2016年製作の映画)

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観客のテンションをさいごまで走破させようというただごとならない圧が、画面にうつっていることへの意識を散漫にさせるところはコクソンと同じです。

お嬢さん(2016年製作の映画)

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屋敷から逃げだす一連の流れのなかで、お嬢がためらい、侍女が荷物で踏台をつくる律儀な描写が、思いかえすごとに異質な印象を濃くする。やってみっかみたいなカジュアルな描写としてあらわれ、そののちの疾走の資生>>続きを読む

悪太郎(1963年製作の映画)

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シーンのおわりを、畏怖や呆れ等のリアクションをしている人に委ねている奇妙な語りのスタイル、遮蔽物が画面の大半を占めているような状態すらあり、なにを見ているのかわからないという、あれ、さいこう。

肉体の門(1964年製作の映画)

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迷い犬みたいに怯える目の白さばかりがきわだつ冒頭のシーンがすばらしい。野川の華奢な身体は、かのじょたちがどんなにいきがり盛って荒ぶろうとも、寄る辺なく痛々しい。

探偵事務所23 くたばれ悪党ども(1963年製作の映画)

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ここぞ、というところでのクローズアップの切り返しにごくり。ファムファタルにならない女が、徐々にエロスを刻々と纏うさまが、どこもかしこも工事中の町とともに記録される。

パトリオット・デイ(2016年製作の映画)

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人物たちの背景に町の姿があらわれないので、さいごの歓喜の唱和でも帳尻が合わない。それでも好きだよ、ピーターバーグ。

怪物はささやく(2016年製作の映画)

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母親が落ちてゆく穴が、亀裂もふくめ力みなぎる画なのに、少年がそこへおちてゆきそうに、なるようにしか見えない段になり、穴はたんに記号へと痩せ細ってしまう。

美しい星(2017年製作の映画)

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冒頭家族の食事に遅れて登場する長男のコスプレ感にシートから尻がずり落ちる。度を超して美しい橋本愛さんは、ちゃんと大学生だったのに。母親の声がずっと養命酒であることのおかしみが、この喜劇に寄与していたの>>続きを読む

20センチュリー・ウーマン(2016年製作の映画)

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映画でえがかれるじかんからずっとさきの未来の、本人さえもいない任意のときから母が語りをいれるとき、映画はみずから重心を放棄したように自由になる。母の声だけでなく、ポリフォニーによって編まれる局地的文化>>続きを読む

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