カズキドイさんの映画レビュー・感想・評価

カズキドイ

カズキドイ

ハイ・シエラ(1941年製作の映画)

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車も速いがいぬも速い。
縦の運動も獲得するいぬ。

キャバレー(1972年製作の映画)

4.5

静止、結界や矢継ぎ早なモンタージュによるナチの余りに演劇・映画的な物語への侵食は、実際そうである以上にくっきりと焦点を合わせる「非現実性」により、現実をまざまざと露わにする。
空気を読まないいぬは『レ
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デスペレート・リビング(1976年製作の映画)

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因果すべてぶち抜いてる!!
セックスシーンで体の80パーくらいがモザイクに覆われる雑な加工すらおもしろい。

小さな兵隊(1960年製作の映画)

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髪をあげたアンナカリーナがカットに収まるだけで星飛んだ。こんな女もカメラもみたことなかった

野いちご(1957年製作の映画)

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何重にも張り巡らせすぎで反復が波状攻撃してくる。静かだが限りなく湧き出るような複雑なポリフォニー。
貝殻と僧侶を彷彿とさせる悪夢の街路。馬がいい仕事をする。

フルスタリョフ、車を!(1998年製作の映画)

4.1

脚本がバグってる。全部埋まってる。そこら中にいぬがいる。
光って画面が潰れても真っ暗になっても、そんなんじゃカットは終わらねー!!

悪女/AKUJO(2017年製作の映画)

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基本敵は舐めプだしクソ単純なイメージの連鎖によるモンタージュの時間操作もくどいけど、とにかくカメラぶん回せっていうノリはやっぱりバカでアクション見る醍醐味があった。車に撥ねられた程度じゃ諦めちゃだめだ>>続きを読む

夜までドライブ(1940年製作の映画)

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窓辺の風と子供の遊ぶ声、もはやこれはアンビエント

コックと泥棒、その妻と愛人(1989年製作の映画)

3.7

傑作。素晴らしい移動の映画。基本的には場所を(破壊的な意味だけでなく)蹂躙する主人公に付き添うカメラだが、ときに行って帰ってくるカメラを待って行動する役者の姿もあり。この作り込まれたセットをまさに存分>>続きを読む

レイジング・ブル(1980年製作の映画)

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ボクシングで駆け上がってくリングと、家族ができあがってく映像のオーバーラップが、すでに儚い。時間を極端に使わないことによって、その脆さを感じさせる。

白い恐怖(1945年製作の映画)

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手に持ったカミソリより上を映さない構図を横にずらすと、明らかに異を放つ中心を貫いた書斎。それに牛乳や銃を覗くなど、終盤はカメラが変態的である。スリル増す。

汚名(1946年製作の映画)

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鍵を持つ手へのヨリ。手にキスをさせ、もう片方にというところで抱きつき背中に手を回す。駄目押しに左手から右手へ。あ・ヨイヨイ

ホステル(2005年製作の映画)

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人間って極度のストレス環境下に置かれるとゲロ吐くの?

群衆(1941年製作の映画)

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この時代に既にポストトゥルースの功罪。
ナイス傘。
場が盛り上がってるときにはしゃぐいぬはいいいぬ。

青空娘(1957年製作の映画)

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ブルジョアはほんまアカン!と言わせておきながらそいつらもまとめて掬い上げる優しさと厳しさ。

望郷(1937年製作の映画)

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カスバの町並みがイケてるはずなのに……。追いかけっこもしないし説明台詞で済ましちゃうあたり、金のないセット撮影だったんだろな

永遠の語らい(2003年製作の映画)

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宗教学であり歴史学であり民族学であり考古学であり政治学であり社会学であり映画である。
このいぬはなんだ

キャット・ピープル(1942年製作の映画)

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鍵を抜くのは欲望の解放のキー、その中の動物を解放するのはまさに死へのキーって段階的なとことか、キリストの影の演出とか、かなり計算づくでやってあるっぽいのがスマートすぎるな

蝶採り(1992年製作の映画)

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開けられた窓からの光で徐々に照らされる机の上のパーティの跡、これだけでもう時間のすべてなんじゃないだろうか、と思ってしまうが、イオセリアーニに酔いすぎ?

彼の移動論はそのまま道へと換言され、ペシミズ
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天国の口、終りの楽園。(2001年製作の映画)

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執拗にフィックスを使わない宙に浮いたようなカメラは、人物を隠し/発見する。
やっぱりスーパーの映像最高。2人とカートが奥に進んでいくとこでカメラが引いていくのがかっこいい。

間諜最後の日(1936年製作の映画)

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いぬが完全に道具化している。
しかしそれを遺憾とするならば、人間が道具化されるのを見過ごすべきというのが自明であり正なのか?

自由の旗風(1955年製作の映画)

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馬って人間が飛び出したら止まるのか 轢かれたりはあんのかな
なんとラスト川渡らず。それはそれで

ソナチネ(1993年製作の映画)

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このレビューはネタバレを含みます

遊んでた人たちが死ぬ

八日目(1996年製作の映画)

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ヴェンダースはかつて人はみな天使だったとしたし、たとえばジョルジュは天使だとして、彼は六日目ではなく八日目に作られたとして、最後に人間の行為をさせたというのは、あまりにもどういうことだろうか。よろこび>>続きを読む

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