「なんで狂言がつかみなのか?」と残るもやもやも「どうせ何やってもついてくる客はついてくる」という傲慢と才能(とハッタリ)の証だろうと思わすくらいの画面ではあり。とびまくってる中谷一郎はもちろん沢村いき>>続きを読む
「西」呼び萌え映画。画面的にも思想的にもちょい役以下の役者までまわりを全部赤く染めた中に若尾をためしに置いてみること。
顔役映画と任侠映画の違いを"おしゃれか、そうでないか"でしかつけられないまま「自分、西部劇大好きです」を出してきちゃって佐藤允にあれやらすという、みんな「今後に期待」しただろうめちゃくちゃさ加減。そし>>続きを読む
藤田敏八はなんでこんなに病院撮るのはうまいのか。いかにも合いそうなのに秋吉久美子がフーテンにも敏八映画にも向いてないという衝撃。サイレントの女優としてならこの人を我慢できたか……?と考えたけど、んなこ>>続きを読む
男の痛々しさの象徴としての内田裕也。これを途中で降板しないでいてくれるのが内田裕也。
黒沢清はすっぱりあきらめ青山真司が苦闘する(ふりをしていた)"女の描きかた"という問題をするっと通りぬける万田邦敏はその部分で本当にずば抜けている。悪役では絶対にない"最初から最後までやな奴"の存在っ>>続きを読む
人間の身体で自分で光を発することができる(かもしれない)部位は目のみというおそらく黒澤明の映画のすべてが出てはいる映画。
天皇制と被差別の符号にあちらがわからここまでがっつり触りにこられるとなあ。しかもポップ天皇制みたいな画にしかならなかったのは問題として残っちゃう。
ちっとは松田優作を抑えろよ。日本翻案で能は安易だろという以上に映画の中の止め画と絵画の区別をつけるのに疲れてきてんのか吉田喜重は。
脚本が悪いなあと思ったら今村昌平か。山村聰がはっとするほど美しい稀有な映画ということでもういいや。
なにをロマンポルノに期待するか次第で「原作中上・荒井晴彦脚本」は良い意味でも悪い意味でもイーシャンテンたりうる。わたしにとっては後者です。あいかわらず反復だけでできている神代映画の中でブルドーザーが動>>続きを読む
リアルとリアリティからの存在論はもうええてば。「ぱっと消える/あらわれる」が押井の考える近未来なのか~?と鼻ほじった記憶が。
1971年に東京ムービーがお届けするリアリズムとはこういうものだとひしひしと感じるのみ。
このレビューはネタバレを含みます
「二段レシーブというのはけっこうなリアリティだ」と思えればもう一人前。CV:古谷徹のリトルブラザーににんまりほっこりして大団円。
若干のつじつまのあわなさこそが映画の中身=アタックNo.1のバレー力学とのカウンターバランス。
石坂洋次郎をこない映画化してくるという偉大さは感じるけど中平って結局なんだったかと考えだしてしまったしまつ。
「キスなんかでごまかされないからね」(大杉漣)というセリフに代表されるように夫・妻を裏返すところにのみ新しさがあったという気がしなくはない。
しかしロメールが好きだと公言する日本の映画関係者は全員「>>続きを読む
石原裕次郎は少しむちむちしてるくらいがよいということがよくわかる映画。
"究極の愛"は存在しないのか、またはすべてが"究極の愛"なのか?行為が"抵抗"だとすれば生きるすべては晴れて"抵抗"となるのか?
と、大昔はそう思ったけれども大島映画としては見てなかった。要再見。
おもしろくないこともないけどだんだん強烈さを失っていく矢口。スポンサーが持ってくる役者に興味が持てなかっただけかもしらんけど。
こっそりモガだらけ映画。しかし中平康と比べると日常に根差すところのスピード感が足りてない。