人の手によって崩れゆく社会の中で、圧倒的多数を占めるのは無菌室でふんぞり返る愚か共ではない、お前に飯を運んでくれる労働者達だ。ゲームの主人公として、我らの眼と共に世界を救う鍵を握るブライアンは、誰にも>>続きを読む
未知に対する恐怖という言語と共に、求め合ってもぶつかることの無い魂のすれ違いを、ただ純粋になだめる作業。デジタルノイズやフィルムの粒子の中に我らが手放してしまった人々が隠れていて欲しいと願い、結果産ま>>続きを読む
我々は物事を善く理解せんと、虚構の中に描かれる真実と、現実の真実と、嘘と事実の中から必要な情報を啄み眺めるが、それは豊かさでも健全さでもない。着実に歩み寄る死を理解したような感覚に麻痺するが、理解した>>続きを読む
2001年、アメリカ人にとっての愛国とは、失われていく正気を賛美する行為として強固なものとなった。その、底へ底へと墜落していく複雑な現実の構造の前に想起される感情を、手作業で紡ぎ合わせ、大きな夢として>>続きを読む
啓示という感覚において、ネイチャーが肉体に語りかけてくる、全ての愛とヒントを恐ろしい圧力で表現してしまった。それは、サブスタンスの影響によって意識が様々な物を通過する瞬間に、視覚や音が記号・形として脳>>続きを読む
ある日突如心に空いた穴は、あるひとつの思い込みを、不可逆なものとして日々着実に刻み続ける。世界には私しか居なくて、私が世界の修復を担っているのだと。徐々に視野が狭くなり、自分の生きる先ではなく過去の罪>>続きを読む
前作の悲痛な名シーンの後、ベイツの家をカメラが映し、ジェリー・ゴールドスミスの劇伴と共に月日が流れ、画面に色づいていくエモーショナルなオープニングから察せるように、今作は時間が苦痛を解決するという理想>>続きを読む
私達の街の外には、ごく僅かな信頼とドロドロに溶ける不明確な感覚しか存在しない地獄があって、この場所を作り出したのもそこに人を送り込むのも街の中の人々だ。地獄の中で行われているのはある意味、単純化された>>続きを読む
芸術の柔軟さを当然に理解した人々が、他人の肉体を奪い去ろうとする者共への強烈な敵意(フェミニズム)を超戯画化された狂気の世界に織り込んでいる。プレッツェル1つ食べる事にさえ罪悪感を感じるような肉体の監>>続きを読む
その奥底にまで染み込んだ、血と小便と糞と死の匂いが身体から落ちるまで、世界の均衡を破壊した罪を償うまで、彼が帰郷する事は許されない。戦争の絶対的な破壊とそれが残す悲痛な結果は、芸術として、娯楽として数>>続きを読む
暴力を如何にロマン化するかという試みを、ジャッキー・チェン以上に成功させたヤツは間違いなく居ない。イギリス統治下香港の騒乱を言葉ではなく直接肌へ擦り付けて来るかのような凄まじさと、効率化されたエンター>>続きを読む
オンライン試写にて。その緩さから不幸にもtiktokのガキのおもちゃにされてしまった今作だが、このcringeな風体は寧ろ意図的に安くて愛らしいものであると感じた。これはクィアがインターネットをメイン>>続きを読む
創作という行為の善と悪と愛と狂気をごった煮にしたような、突き抜ける感覚が気持ち良い。この頃のフランス映画の演出や表面上のドライな感覚がアクション性として正当にかっこよく、様々な感情が混ざる感覚を強化す>>続きを読む
産業構造に飲み込まれたエンターテインメント業界の残酷さを描くという意味では特に目新しさは無いのだが、全キャラクターパペット化によるテーマの戯画化と胃もたれするくらいの陰湿な露悪趣味によって、ビジュアル>>続きを読む
確実にクィア映画史に残るだろう特殊な作品。キャンプ・アラワクは社会的性質を持つ小さなコミュニティとして捉えられ、その空間では(映画の展開としてダレるほど)男子と女子の、ヘテロセクシャル・シスジェンダー>>続きを読む
近年の風潮において、単純構造上における加害者を描く事は(同じく単純構造上での)被害者を矮小化する物として判断され、アメリカン・スナイパーを始めとするアメリカを主体とした戦争映画そのものが否定されるまで>>続きを読む
意外にもメタが周った趣向を取っていて面白い。父親を失ったマイケル・ジョーダンが昔自らが定めた夢の中でアイディンティティクライシスに陥り、そこから立ち直るまでのアツい物語として良くて、オープニングやチャ>>続きを読む
現実の恐怖を具現化できることが映画の特徴であると思うが、見えないものを見えないものとして描ききった今作は挑戦的だ。引き返せない程の温暖化を迎えた地球で起こる自浄作用は止まることがなく、年々異常な災害が>>続きを読む
壁、または家屋が正気なのは触れたとて物質同士が反発し合い、不動の存在であるからであって、もしもそれが反発することをやめてしまったら、内側の全てが可視化され、人間にとっては狂気しか現れない。人の心の内側>>続きを読む
PS4初期のゲームみたいなカビ臭い風体がズルくてエモい作風に重なり、展開の抑揚の意外性も含め、大枠過ぎるあまり陳腐になりそうなテーマが渋く描かれていた。過去に囚われてはいけないとか殺伐とした社会で今い>>続きを読む
登場人物の平穏な日常を描く序盤から思春期と死に関する特論が溢れ出ていて、デヴィッド・ロバート・ミッチェルか帰還したんだという嬉しみ。セッティング、舞台、色調、劇伴、何処を切り取っても(なんなら本家フラ>>続きを読む
アバンタイトルで行われる告白の練習は人間関係が爆発的に構築されるものではない事を優しく物語るが、教訓を与える物語として展開は最悪の極を進む。構造を見据える事が先行するように予定調和に対する裏切りを意識>>続きを読む
これまでにない誠実なアプローチとして人間の身体の有限性に向き合い続けた結果、人に最低限必要だが失われた癒しと余白へ真摯に向き合い続けていて、強烈なくらいの正論がぶつけられる。結局は成し得ない幸福を成せ>>続きを読む
推進力を結婚と子どもで埋め合わせなければ人生を耐え抜くのは困難だがその定型としての脆さは数多くの個人が証明しており、外のノイズに耐えられない神経症の人間は当たり前だけどそんなマッチョさを持ち合わせてい>>続きを読む
先祖達は惨い殺戮から我々の街を建て、記念日には過去が掘り起こされないよう願う、ジョン・カーペンターの作品は音楽から展開まで非常に統一されているが、社会として我々は万死に値するという極端な感情と全員が避>>続きを読む
痛みなんて何も分からないシス・ヘテロ・白人・男性がアメリカ合衆国の苦痛を覗く時、現れるのはその微妙な無理解による歪みであり、これは社会構造の話だから事実として避けられない。クィア・アートがもたらす世界>>続きを読む
極端に不器用な幼児性の塊と真心の間を描こうとしている時点で金持ちのサイコを人間化してしまう危険性まで秘めているが、そこにはヒューマンドラマとして人の関係性に対する愛情が存在するから、その普遍性のエモさ>>続きを読む
低知能共による映画史の敷居の高さに対する正当な逆襲、頭は悪いけど映画やカルチャーは大好きな人々の想いがそのまま形になっている。大きな枠組みとして若い世代の視点が強く盛り込まれていて、無理解・無秩序と全>>続きを読む
無防備な希望を抱いた子ども達が欠如したパーツを求めて外の世界に出てみたら、そこには暴力が広がり、人間の暖かみやアートは衰退し、アーティストは徴兵され、なんの誇張もなく性的暴行の匂いさえも漂っていて、こ>>続きを読む
超ファンシーで可愛らしい世界観を舞台に、人間の想像しうる全ての物事が脅威的なスピードで発現し続けて本当にヤバい。ここまで明確にぶち抜いてる映画はかなり珍しいと思う。ブレインデッドの終盤みたいなカオスが>>続きを読む
上質で正式なホラー・エンターテインメントとヒューマンドラマ、ミステリー、ZAZ作品的パロディ前面のナンセンスなコメディをこなしつつも、そのジャンルの巨大な図式を、歴史の転換点であるハロウィンを直接引用>>続きを読む
堕落した日常のパターンから抜け出したい男共の足掻きを悪の共依存としてエロティックに描くことが出来る肌感覚は流石マイケル・マンという感じなんだけど、下手な人のゲームプレイングみたいに絶妙なラインでマヌケ>>続きを読む
ヒッチコック作品が如何に神経症的か沁みるように伝わってくる序盤のサスペンスから、徐々に主人公が社会の外側へとはみ出して行き、その非定型の世界の恐ろしさがベイツモーテルの登場によって超ショックな爆発へと>>続きを読む
様式がない時代にスプラッター映画の様式を確立させたスッキリとした構成は美しく、殺戮シーン以外にも、実はストーリー的にあまり深くない主治医と警察のやり取りを使ったホラー演出の為のビルドアップとかは様式美>>続きを読む
上質な映画体験へのこだわりが寓話以上に視聴者への身体性として落ちていき、一人称的な範囲であるだろう精神の変化そのものを映画形態の中で実現させようと試みているストイックさ。大きく宗教的寓話やモチーフを使>>続きを読む
巨大な現象に対してはコントロールを試みるものではなく、終わらせる事でしか自らの望みを叶える事が出来ない事実をしつこく厭らしく示した上で、bratを進んで殺しに行く潔の良い葬式。ジャンルとしてはマトリッ>>続きを読む