素潜り旬さんの映画レビュー・感想・評価

素潜り旬

素潜り旬

WILL(2024年製作の映画)

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20240217
元町映画館にて舞台挨拶付きを。

最近のバラエティやニュース番組での東出昌大の出演はほぼ観たが、ゴシップ的な扱いや芸人のふざけた態度にうんざりした。『WILL』は確実に違うだろうと信
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アナーキー・インじゃぱんすけ 見られてイク女(1999年製作の映画)

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アリ・アスター『ボーはおそれている』より家に帰ってすぐ観た瀬々敬久監督『アナーキー・イン・じゃぱんすけ』のほうが面白かった!冒頭で提示される結末とは違う展開を迎える監督のアナーキーさ(は『菊とギロチン>>続きを読む

ボーはおそれている(2023年製作の映画)

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単純につまらないし、過剰にズラされることでシラケる。というより、何もかもが過剰。カフカ的なこと、フロイト的なこと、それらがやりたいにしても、彼らが別に過剰にやれと書いているわけではなく、その過剰さがア>>続きを読む

アニエスの浜辺(2008年製作の映画)

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冒頭の撮影クルー紹介、その部分の語りだけが俺を惹きつけ、あとはなぞるような素振りをしてみせるだけだった。

裁かるゝジャンヌ(1928年製作の映画)

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このアントナン・アルトーの立ち振舞いなり様相を俺は覚えるべきだと思う。詩人として、だけではなく、スクリーンに映しだされる詩人として。

あえかなる部屋 内藤礼と、光たち(2015年製作の映画)

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ひとりの作家を追うドキュメンタリーから劇的に変わる瞬間、作家性を失い、市井の人が現れた時の陳腐な喋り(CM撮影が行われている)には、もう引き返せないどうにもならなさがあり、その諦観が徐々に本当のことへ>>続きを読む

秋の理由(2015年製作の映画)

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正直、メイキングのほうがよかった。動く福間健二、福間組にいる福間健二、ジャージにリュックを背負い演出する彼を観られるのは本当に貴重で、それはYouTubeなどにあがっている世界各国の映画における特典映>>続きを読む

王国(あるいはその家について)(2018年製作の映画)

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シネ・ヌーヴォで『王国(あるいはその家について)』観た。リハーサル、まだ何度でもやり直せると思いながら反復することによる、身体の変容、というより、戻したり調整もあるから可変であり移動なのだけれど、ただ>>続きを読む

瞳をとじて(2023年製作の映画)

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結末に触れてしまうから詳しくは書かないけど、この瞬間に誰を、何を映すかの選択が完璧過ぎるし、その通史的ともいえるクローズアップには過去が映りまくっていて、ちょっと怖く言うと見える、みたいな感じ。それは>>続きを読む

奇跡(1954年製作の映画)

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カール・テオドア・ドライヤー セレクション vol.2で『奇跡』を観た。詩人で劇作家のカイ・ムンクによる原作の劇構成を忠実に再現しようとしているのなら、その詩性はどこにあるのかと長回しによって生じる余>>続きを読む

ガートルード/ゲアトルーズ(1964年製作の映画)

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シネリーブル梅田「カール・テオドア・ドライヤー セレクション vol.2」で『ゲアトルーズ』を観た。詩人が登場するから観に行こうかなとそこまで期待していなかったが良すぎた。自分のところへ戻らないゲアト>>続きを読む

吸血鬼(1932年製作の映画)

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アップリンク京都、カール・テオドア・ドライヤー セレクション vol.2で観た。主役の青年アラン・グレイを演じるジュリアン・ウェストは貴族でこの映画に出資もしているらしいが眸の役割で、老人たちが静かに>>続きを読む

哀れなるものたち(2023年製作の映画)

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TOHO 梅田で観た。ファスビンダー的なふたりに出会う事で主人公のイノセントさが失われるのかと思いきやさらに増幅してマーク・ラファロがバグるところが本当に面白い。カウンターで頭を打つ音がDolbyだと>>続きを読む

きのう生まれたわけじゃない(2023年製作の映画)

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シネ・ヌーヴォで観た。いつか娘たちに観せたい。監督が詩人で…とか、ここはゴダールで…とか言いながら、生きていると起こることと起こらないことの狭間に在り続けること、詩。分かってくれたらいいな。観終わった>>続きを読む

ユメ十夜(2007年製作の映画)

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「こんな夢を見た。大喜利」を10本ほど観ているような、それでいて統一感が意外とあるという偶然性には驚かされるが(一番驚くのは清水崇…まじでやめてくれ!笑)、ネタ被り、メタとかでもなくただ登場人物として>>続きを読む

スライス(2018年製作の映画)

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チャンス・ザ・ラッパーのMV監督なだけあって、幽霊との共存というメイン設定のプラスアルファである狼男でのチャンスの起用は素晴らし過ぎる。それに応えるかたちでチャンスも好演。B級ホラー要素がありつつ、そ>>続きを読む

アクアマン(2018年製作の映画)

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カメラワークの凝り方が正統な変態で、いろいろと気になり久々にメイキングを観た。水中での髪の毛のVFX処理がとんでもない労力だと知り、気が遠くなったが、ジェイソン・モモアの家族を想う姿があまりに美しく引>>続きを読む

アクアマン/失われた王国(2023年製作の映画)

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主人公の弟とであり前作の敵と共に、さらに強くなった前作の敵と戦うという、少年漫画でもあまりみないほどぶち上がる展開でありながら、弟がデレることによって萌え要素まであり、あらゆる層を取り込む求心力のある>>続きを読む

ハハハ(2010年製作の映画)

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『花腐し』の元ネタだからと楽しみにしていたが、あまりに古くさくて(未来だけが新しいのだとしても!)、キム・ミニの姿を求めてしまい、最後まで観られなかった。

シルバー・グローブ/銀の惑星(1987年製作の映画)

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紛失したフィルムの副産物といえる監督の語り、そして彼はガラス越しに登場する。キラー・オブ・フラワームーンにおけるスコセッシよりも格好良いがそこには言い訳のような後ろめたさがあり、なんとも言えない気まず>>続きを読む

オール・ダート・ロード・テイスト・オブ・ソルト(2023年製作の映画)

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監督は詩人で写真家。台詞は詩情を排して、あくまでも映像が詩的であること、表情よりもひたすら手を映すことによって、ひとりの女性の人生(その時系列は切り刻まれてバラバラに配置されている)を、詩集のようにど>>続きを読む

ゴッズ・クリーチャー(2022年製作の映画)

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ポール・メスカル、『アナザー・サン』では父と娘、『もっと遠くへ行こう。』では妻と夫、『ゴッズ・クリーチャー』では母と息子、家族における関係性の揺らぎを凄まじい芝居でみせていて、もうこわいとしか言いよう>>続きを読む

もっと遠くへ行こう。(2023年製作の映画)

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どんでん返しの部分がポール・メスカルの芝居に依拠されているために、引き込まれてどうしようもない。ありがちな結末、どこかで見たことあるものが、これやっぱり見たことない(新しくはない)に変わる芝居。そして>>続きを読む

狂気の愛(1985年製作の映画)

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詩を放ちながらするエキセントリックな台詞回しと野蛮な行為。俺がもし好き勝手に映画を撮っていいと撮影にまつわるすべてと大金が用意されたなら、こんな映画をつくりたい。暴力は控えめにしてポエジーを増す、ああ>>続きを読む

ファースト・カウ(2019年製作の映画)

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20231229

昨日『ファースト・カウ』をシネリーブル梅田で観たのが今年最後の映画館。帰りにドーナツ買って帰って、壁に寄りかかって食べて、このままずっとこうしていても白骨化はしないだろうなあと思っ
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Bi Gan | A SHORT STORY/ビー・ガン | ショートストーリー/壊れた太陽の心(2022年製作の映画)

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ビー・ガンの詩の朗読は寓話的な語り。黒猫が彷徨い3人の奇人と出会う姿を見ていると「私自身の宇宙が、意識のバランスを失って崩壊」(萩原朔太郎『猫町』)してしまいそうになるもエスカレーターの強烈なショット>>続きを読む

マリア・ブラウンの結婚(1978年製作の映画)

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「(ジャガイモが転がる)夜戦と熱風」ファスビンダー『マリア・ブラウンの結婚』エイガシVol.2⑦

煙草を渡して。ブローチを得てから。未体験のこと、未来への没入。待ち人であるからには時間の流れは早いほ
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テオレマ(1968年製作の映画)

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『テオレマ』みたいな長篇詩(あるいは詩集)を書きたいと思う。ひとつの単語が挿入されて以降すべて狂ってしまうような。狂ってしまってからその単語は決して登場しない。ただその影は在り続ける。

コスモス(2015年製作の映画)

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詩、小説、哲学、映画を引用する芝居がかった台詞まわし、それは顔面に張りついた表情は沈み込まず使いまわすかのように何度も激情に触れ、台詞は淀みなく流れ、吊るされた生物を揺らす。登場人物の行動様式は常に既>>続きを読む

クレイマー、クレイマー(1979年製作の映画)

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号泣してから1時間経って気づいた。もしかしたら観たことあったかもしれない。なんとなく既視感はあったし、フレンチトーストが、怪我が、とか想像ついた時点でおかしいのだけれど、いまさら昔観た記憶がよみがえっ>>続きを読む

コントラクト・キラー(1990年製作の映画)

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自分の殺しを依頼するも、やっぱり生きたくなって逃げまわる。アクション映画のようなプロットだが、ジャン=ピエール・レオーなだけあって、闘わないし、ここはアート映画なんだ、いまいる場所は芸術そのものなのだ>>続きを読む

逃げた女(2019年製作の映画)

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イカれていて、変人で、ストーカー気質な詩人が登場したが、彼が詩人である必要があったのか。ないと思う。それでもホン・サンスの隙あれば詩や詩人を登場させる態度はとても好感が持てる。

クレアのカメラ(2017年製作の映画)

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イザべル・ユペールが朗読するデュラス。調べたら『これでおしまい』というデュラス最後の小説の一節らしい。(イザベル・ユペールの朗読の間と字幕から想像して行分けした)

誰かのことを話したい
まだ25歳
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夜の浜辺でひとり(2016年製作の映画)

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タイトルがホイットマン『草の葉』の「藻塩草」という章のひとつから取られているだけあって、かなり詩的。
居酒屋の壁に貼られている?詩を見て「パク・ジョンハって、あのパク・ジョンハ?」と聞き、もうひとりの
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正しい日 間違えた日(2015年製作の映画)

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繰り返しと観察。ホン・サンスを観ていくうちに主題がなんとなくわかってきた。「あの時は正しく 今は間違い」と「今は正しく あの時は間違い 」の差異と反復を観察するカメラワーク。台詞だけでなく仕草ひとつと>>続きを読む

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