ディストピアで生きる主人公ヒッグの心模様を描いた映画である。もちろん、ジャンル物として必要なレベルのバトル成分は入っている。
ただ、スクリーンをみつめているだけでは、全容を把握するのはつらい。
説明>>続きを読む
本作の主人公・マカベーアは、その名が「変だ」と作中でもしばしば言及される。
「名は体を表す」とよくいう。Chat-GPTに相談してみた。
ブラジル人の耳には”禍々しいというほどではないが、聞き慣れない>>続きを読む
全編を通じて、ほのぼの感たっぷり、しかも歌あり、笑いあり、哀しみに寄りそうような心に染み入るシーンまである。
ところがストーリーが進むにつれ、「かわいい」だけではなく、物語の奥深いところに得体のしれぬ>>続きを読む
この映画には、ストーリーらしいストーリーがほとんどない。
家族が食卓を囲み、ピクニックをし、子どもたちが遊ぶ。そこへ、ときおり意味ありげで、しかし一見すると脈絡のないカットが割り込んでくる。現実と幻>>続きを読む
本作『バナ穴 BANA_ANA』は、ストーリーがあってないような、ないようでありそうな映画である。
だから、あらすじを書こうとすると困る。書けなくはないが、書いたところで読んでもよく分からない。
結局>>続きを読む
この映画は、更生施設を舞台にした教育映画や青少年の非行問題を問いかける社会派ドラマだけではない。今の情報社会の問題点、特に非行などのリアルな問題がマスコミやSNSに流れる際、実態と情報との間にズレがあ>>続きを読む
はじめに、マイケル・ジャクソン(MJ)を演じたジャファー・ジャクソンに敬意を表したい。
本作が進行するにつれ、ジャファーの身体にMJの精神がおりていく、そのさまが手に取るように見えたからである。
具体>>続きを読む
是枝監督は、どこかに異次元空間を持ち込む作家性がある。
本作での子どもの描き方は、『怪物』系だった。
また、大悟の「はくべえ」を聴いたときは驚いた。太っ腹の笑い。しかし、どこか含羞を含んだ表情をみせる>>続きを読む
「人は殺人のみにて生くるにはあらず」といった奇想から映画を立ち上げる作家がいた。奇想を「陰謀論」とした場合、どのような映画になるのか。『ブゴニア』を観た。
導入部での、CCD(蜂群崩壊症候群)の流れ>>続きを読む
本作は、朗読劇『今は昔、栄養映画館』を各地のミニシアターで上演する、その旅回りを撮ったドキュメンタリーであり、巡業地での人との交流を描いたロードムービーです。
その中にでてきた古い映画館は、昔そこで映>>続きを読む
映っているものすべてが、淡い色彩、柔らかなフォルムに包まれており、登場人物が話す言葉や所作も、それにあわせるように穏やかなので、どこか夢の国の物語をみているような気分になる、そんなデトックス映画でした>>続きを読む
本作は、戦争の実態を描くというより、戦争を遂行する人間に内在する「悲劇」性を描こうとした作品なのだろう。
描かれているのは、今から80年前の出来事である。政治への不信、外からの圧力、場を失った世論。>>続きを読む
この映画には、たくさんのテーマが盛り込まれている。
主役は、18才女子高校生である。彼女の熱情と活躍ぶりはハンパではない。本作は、そこから始まる冒険譚になっている。
この中で、キース・ジャレットは旅を>>続きを読む
☆クロエ・ジャオ、風景のこと
クロエ・ジャオ監督は、風景を単なる背景としては撮らず、人間の生のあり方を映し出すキャンパスにしている。
『ノマドランド』では、喪失を癒すために歩き出した道は灰色の荒野が広>>続きを読む
旅先の、とある映画館に本作がかかっていた。
児童養護施設を真正面から捉えた映画は、これまであまり観たことがなかった。どのような内容で、どのような撮り方をしているのか気になり、鑑賞した。
本作は、施>>続きを読む
本作の公開当時、広報惹句の影響をうけたのか、今でいうクィア表象の映画として観た。
営業広告を否定はしない。が、観るほどに、何かへの哀歌を奏でているような感覚に傾いていく。ただし、核になるような道筋が思>>続きを読む
本作『真夏の夜のジャズ(JAZZ ON A SUMMER'S DAY)』を観ていると、この映画が単なるフェスティバルの記録ではなく、音楽の底に流れる霊的ななにかを写し撮った感じがしてくる。
この感じを>>続きを読む
本作『木挽町のあだ討ち』は、仇討ちの物語であると同時に、芝居の中に芝居を入れ込んだメタ芝居の物語でもある。
まず印象に残るのは、タネ明かしをする場面の多さだ。しかも、叙述レトリックを用いず、直截な言>>続きを読む
本作の前に、『サシングヮー』という高嶺の萌芽的作品がある。
これは、セピア色化した古い時代の家族写真を手で彩色し、その上をフィキサチーフで固定した、いわゆる着色写真を並べた感じでパンして撮った作品だが>>続きを読む
みかけはふつうの街だが、とんでもなく記号化された名前をもつ人たちが、とんでもない制度の中で暮らしている様子を描いた、たいへん奇妙な映画である。
一つ例をあげる。職場に入る直前に、口臭で当人の何かを検>>続きを読む
冒頭のEDMで、これは『サブスタンス』か、デミ・ムーアかと思ったが、そんなフワっとした気分は、一瞬で消し飛んでしまった。
いきなり戦闘現場に立ち会わされてしまったせいだ。
それ以降、Boots-on->>続きを読む
タイトルの架空の犬、嘘をつく猫。
最初、この妙な組み合わせの単語に、おもわず腕を組んでしまった。
雲をつかみに行く映画かな、面白そう、ということで観劇した。
当初はタイトルとの関連性に注目してみていた>>続きを読む
佐藤忠男という人の誠実さ・端正さがスクリーンのはしばしから読みとれて、本作制作者の心意気を感じました。
佐藤忠男さんは、細部を見つめる鋭さと、大きな世界を見渡す視野を同時に持ち続けた人でした。
飯島>>続きを読む
戦場で何が起きたのかを伝えるには、歴史書などの文章だけでなく、戦争の現場を視覚的に見せる必要があるだろう。その場合、人体が壊れる場面をそのまま実写的に描けば、そうそう直視できるものではないし、目を塞い>>続きを読む
この映画は、旅をテーマにした2つのストーリーがシリアルに接続されている。
前半は、島の風物を背景に、人の関わりをさらっと描写をしていく。死のイメージを感じるシーンもあれば、穏やかなシーンもある。しかし>>続きを読む
1970年代、欧米で広がっていたシスターフッド(女性たちの連帯運動)の中で、アイスランドの女性たちは独自の道を選び取った。
よくある急進派と穏健派の対立をさけ、互いの立場を尊重しあいながら、社会を揺さ>>続きを読む
人を引きつける魅力をもちながら、内面には立ち入らせてくれない女性・須藤と、それをなんとか開かせようとする男性・青砥のLove storyでした。
須藤葉子(井川遥)
夫と死別したあと、若い男子・鎌田>>続きを読む
スズキタゴサクをみるうち、村上春樹『海辺のカフカ』に登場する、猫と話せる老人・ナカタさんを思い出した。
どちらも野方署で取調べを受け、やがて予言のような言葉を発し、それが現実のものとなる。タゴサクはド>>続きを読む
開幕早々、長澤まさみが気風のいい啖呵を切ってダメ男と別れていくシーンがある。一瞬、ダー子?かと。しかし、太鼓橋の手前、遠くをみつめる眼差しのシーンで一瞬お栄に変わってしまった。
この新派風の鮮やかさに>>続きを読む
舞台は、ミシシッピー州クラークスデイル。
ここは、エリック・クラプトンが最大の賛辞を贈ったブルースのレジェンド=ロバート・ジョンソンが悪魔と契約したといわれる“クロスロード”ゆかりの土地。
ロケ地は別>>続きを読む
ポール・トーマス・アンダーソン(PTA)は、トマス・ピンチョンの『ヴァインランド』を覗き込み、素材を見つけだし、この映画をつくったという。
かつての革命家、行方の知れぬ娘、混沌、テロル、それらが風化>>続きを読む
お仕事映画としては、シシド・カフカ演ずる糸数が提案書作成の提要をまじむ(伊藤沙莉、適役!)に伝授するシーン、ここが際立っていた。
あれで必要十分条件はみたしているのではないか。
気になる方は本作をご覧>>続きを読む
面白い映画だった。
テーマは世界平和維持メカニズムの創設問題である。地球上の全国家を相手にした気宇壮大なストーリーである。本作未見の人に概略を伝えようとしても、まとめようがない、端折りようがない、そう>>続きを読む
ウェス・アンダーソンは、パステルカラーとシンメトリック構図というテンプレートに、テーマを流し込んで仕上げるマニエリストであり、その表層的な均整美の奥に、世界の不条理と人間性の再生を織り込んできた監督で>>続きを読む
550万円ローンの返済を抱えたうえ、コロナで失職し生活費にも困窮しだした監督志望の青年が、甲府の実家を出て、東京のフードデリバリーで稼ぎたい稼ぎまくりたい、これが本作の動機・ストーリーであって、転んで>>続きを読む
あいまい模糊とした映画である。
★本作が撮られた経緯
本作の原著、カズオ・イシグロ作『A Pale View of Hills』が上梓されたときの海外紙短評によると、ゴシック/ミステリー小説として迎え>>続きを読む