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エリザベート 1878のGyGのレビュー・感想・評価

エリザベート 1878(2022年製作の映画)
4.0
本作のタイトルは「エリザベート1878」です。
”えっ、一言では表せない多面性をもった人の人生たった1年分を取り上げて一体何が表現できるの?”
映画を見る前、まず湧いたのはその疑問でした。

しかし、見るうちに謎は薄らいでいきました。
仔細は省き、象徴的なポイント2点をあげます。

1点目は映画後半に出てくるシーンです。
雨がそぼ降る外景から物置かと思われる荒れた一室にパンしていくと、自らの手でオピオイドを打つエリザベートの姿が映し出されます。
そこはバート・イシュル。
弾けるほど快活な美少女エリザベートとフランツが初めて出会い、数日後には婚約し、その後に離宮を設け、夏が来るたびに二人で過ごした、その場所なのです。
そんな二人にとって大事なはずの離宮の一室がいつの間にか皇后エリザベートの逃避先となり、麻薬依存状態に陥っていた。
ショックです。見る側の「でもいつかは救われるだろう」との期待もおじゃん、既に回復不能なまでに心を蝕んでいた。そのことを冷酷に告げるシーンでした。

2点目はラストシーンです。
ここは情緒的になりがちなシーンですが、それを暗い空ではなく普通の青空、ウッドデッキではなくフェリーを思わせるシンプルなデッキ・船首、さらにエリザベートのためらいもなくスックと立ち歩く姿勢を映し出すことでエモさを排し、意思の固さを表現しているようです。
このシーンにおける彼女の行動はもちろん史実ではありませんが、船首に立った刹那に彼女の心は虚無に帰し、現身だけはまさに「空蝉」となって思い出の地へ彷徨い続けた、そんな彼女の行く末を暗示した名場面かと思います。


19世紀半ば以降のハプスブルク家を扱った名作は、政治的には新旧交代の強い軋轢が描かれ、文化の面では落日を迎える前の奇妙な華やかさのなか舞踏会、会食、情事にうつつを抜かし、青きドナウ、舞踏への勧誘、くるみ割り人形の曲がどこかしこに華麗にながれている、こんな作りが多かったかと思います。
しかし本作は音楽なら冒頭の皇帝・皇后を称える典礼歌だけが強調され、会食、情事はある意味真逆に描かれています。
おそらく彼女は華麗さよりも、その裏に沈淪する哀しさに親しい人だったのでしょう。

以上を総観すると、本作は史実・創作を交え描いた作品であるものの、彼女の生涯全体にわたって眺めてみた場合、創作部分=虚とは一概に言えない蓋然性を感じとります。
そのことから、エリザベートの実像に迫った作品であると評価できます。
特にラストシーンの彼女の内心を逆説的に表現する手法は新鮮です。
愛と哀しみの皇后エリザベート!
感服しました。

※オピオイド摂取が史実に基づくものか、本作での創作なのかは不明です。
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