「ここなら朝になれば電車やバスが通る。仮に俺たちの車が戻ってこないような事態になったとしても、最低限移動の足は確保できるだろ」「えっ…た、拓海」「兄貴まさか…正丸峠に行く気なんじゃ。あそこはやめた方がいいよ!何処か違う場所にしなよ!」「だまってろ和美。お前は口を挟むな」「兄貴…」「今のうちに断っておくけどな、これから向かうところは狭いうえに嫌になるほどトリッキーだ。1本目は俺が先行で引っ張る。初めて走るには、万が一のことがあるといけないからな。その後ポジションを入れ替え、先行がちぎるか、後追いが抜くか、決着の着くまでやろう。時間無制限のデスマッチだ。テクニックが互角なら他の何かが勝負を決めるだろう」「ほ、他の何かって?」「運かスタミナか、マシンとの相性か…そんなところさ。じゃあ行こうか。目的地に着いたらハザードを点滅させ、全開に突入するぞ」
★「正丸峠ってそんな凄い所なの?」「うんと古い旧道だよ。そんなに長くないけど、どっちから攻めても始め上りで途中から下りになるの」「上りが半分入ってるのか」「それだけじゃないよ。狭いうえに見通しが悪いから昔は凄く事故が多かったらしいの。ガードレールは錆びてボロボロだし、舗装は波打っててスリップするし、兄貴は2回もそこで事故してゲンが悪いの。あんな走り辛いところはないって言ってたのに…」「そんなあ…拓海は初めて走るんだぜ。危なすぎるよ!」
★「ハザード!?こっからか…」「行くぜ、一本目から大事な車を潰すんじゃねえぞ!」BGM - GIMME THE NIGHT
「俺の言った通りだろうが。いいエンジンだぜ。上りでも俺についてこれるんだからな。こっちも遠慮なくいかせてもらうぜ!」
「拓海くん…ごめんね。私、どっか間違ってた。やっと気がついたけど、でもどうすればいいか分からない。だから、とりあえず拓海くんと同じようにバイトしてみる。私、変わってみせる」
「俺がハチロクにこだわるのは、古い車だからというハンデを逆手に取って相手を追い詰めることが快感だからだ。だが、今度だけはそれは通用しない。同じハチロク同士、絶対に負けられない。今まで出会ったどんな相手より息苦しいプレッシャーを感じるぜ。お前のトレノからほとばしるオーラが俺には見える!」
★「しゃあ!きたきた!これだ…この突然ドッカンとくるのがたまらないのさ!」
★「時代遅れのドッカンターボか」「ねえ啓介さん、藤原のトレノも、秋山のレビンもフロントマスクとテールランプのデザインが違うだけで基本的には同じ車ですよね?なら、どうしてあんなに走りが違うんですか?」「んん…いや、それは、つまり…こういうことを説明すんのは兄貴の方がいい。俺は頭ではわかっちゃいても、言葉にすんのは苦手だからな」「フッ、ケンタの言う通りトレノもレビンも双子のようなものだ。だが、あの2台はチューニングアプローチが異なるため、全く性格の違う車に生まれ変わっている。タービンなどの過給器を使わないチューニングをメカチューンと呼ぶ。藤原のトレノがそれだ。アクセルを踏む足の動きにダイレクトにエンジンの回転がついてくる。応答性の良さが最大のメリットだ。限界に近いスピードでコーナーに進入した後でも、メカチューンならそこからの微調整が可能なため、さらに追い込んでいける。だから、ターボチューンに比べ思い切って進入が可能だ。藤原のトレノ、メカチューンは突っ込みに強い。対して、秋山のレビンはターボチューン。ターボチューンはコーナリングの切れ味では一歩譲るとしても、直線の加速の鋭さでこれを凌駕する。ターボチューンは立ち上がりに強い」「はあ…で、でも、あのレビンのケツのふらつく走りは?」「ターボラグの大きいドッカンターボってやつは、一度ブースト圧を落ち込ませると立ち上がるまでがかったるい。そのため、アイツはコーナーの出口でマシンが振られてもアクセルを戻さずカウンターだけで抑え込んでいるんだ。恐らく、あのレビンの車体を揺らす走りは癖のあるマシンを乗りこなすために自己流で身につけたテクニックだろう」「分かったかケンタ、峠の走りは奥が深いんだよ」「はい、さすが涼介さんです」
★「すっげえ、ドッカンターボ」「アクセル全開だとまるでメチャクチャだな。僅かな路面のギャップを拾って明後日の方を向きやがる」「けど、ツボにハマった時は恐ろしく速いぜ。まるでセオリーを無視していながらな。拓海には初めてのタイプだ」
「クッ…走りにくい。なんなんだここは!」「今の時点では、藤原に不利な材料ばかりが揃っている。今まで体験したことのないトリッキーなコースに、リズムを崩されるレビンの変速ドライブ。だが、それ以上に藤原が感じているのは、ニューマシンを完全に自分のものにできない焦り。こいつは目に見えない強敵だ」
★「路面の状態が悪すぎる!車が暴れる!路肩から50センチぐらい全く使えない。うっかりタイヤを乗せたらメチャ滑る。立ち上がりで外側のガードレールに寄せたらドカンといくだろうなあ…狭い、この道路は見た目以上に狭い幅しか使えない!」
★「拓海、足回りのセッティングってやつはパワーとのバランスで変わっていく。エンジンを載せ替えてからお前が思い通りにコーナリングできないと言い続けてきたのは当然なんだ。そいつはそういう風にセッティングされていたのさ。回転を上げることによってワンランク速いレベルで曲がりのコントロールができるんだ。気づけよ拓海、そいつの本当の封印を解放してやれ」
「なんだこれ?気のせいか?」
★「凄いぜ、ターボは。踏むのが怖いぐらいだ。もう前の車とはまるで違う。細かいコンディションの管理に気を使うし、走ってる最中もメーターから目を離せない。金もかかるし、手もかかる。だけど全然後悔しちゃいない。俺は求めていたパワーを手に入れたんだ。なあ和美、いつまでも同じところに止まっていたらダメなんだ。嫌なことがあるからって楽な方にばかり逃げてちゃどんどんダメになる。何かを求めて前に進むんだ。自分の足で歩くしかないのさ」
★「車の中でずっと考えてたんだけど、やっぱり自分の進む道は自分で決めなきゃダメなんだって。自分で決めたからこそ、誰がなんと言おうと自分が正しかったって言えるんだって。前に就職した時も、今度のアルバイトも自分で決めたんけじゃないの。だから、今度は自分で仕事を見つける。小さな目標もできたしね」「…目標?」「イツキくんみたいに自分でお金を貯めて免許を取るんだ。自分自身で歩く第一歩としてね。環境が違えばどうにかなるなんて思ってたのは甘えてたんだよ。助手席は卒業して運転席に座って自分でハンドルを握りたい。誰かの助けを借りなくても自分の意思で走っていけるようになりたいの」「か、和美ちゃん…俺」「だから、群馬には戻らない。住み込みじゃ免許取れないしね。イツキくんのおかげよ、ありがとう」
★「2本目が来たぜ」「どうやら、分かってきたようだな。いよいよ、ハチロクが目覚める時だ」BGM - MAKE UP YOUR MIND
★「気のせいじゃない、乗りやすい。昨日まではあんなに手こずっていたのに…回転を上げてパワーが出たからか?コントロールできる、自分の走りができる!よし、これならいけるかも!」
★「2本目は高みの見物を決め込むつもりだったが、とんでもねえぜ。この走りにくいコースに驚くべき早さで対応していく…初めてここを走る奴のスピードじゃない。痺れまくるぜ!世の中にはスゲー奴がいる!負けねえぜ。地元のメンツにかけても!タフなバトルになるぜ、こいつは!」
★「峠で速い奴が一番格好いいんだ。イケてるぜお前!見る者を強引に納得させるそのキレっぷり、このレビンでトコトン本気になれる!こんな新鮮な刺激が欲しかったんだ…俺は最高にラッキーだぜ!」
★「2本目の後半から俺は完璧に全開だったぜ…この3本目、ちぎってやる!相手にとって不足はない!魂が震える最高の競争相手だ!」
青
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アキオ
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