海

灰羽連盟の海のレビュー・感想・評価

灰羽連盟(2002年製作のアニメ)
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朝はやく目が覚めて、化粧もせず車に乗って、海に行き、海を見て、帰ってきて、夕方までねむった。目が覚めて猫を順番にお風呂にいれた。窓からはいってくる風は本物だけど、その外側の世界はぜんぶ偽物かもしれないと思うほどふかい安心と安全の中にあった。なんでもない、そんな日だった。なんでもない日の中に、絵を描くことで変わる心があって、詩を書くことで変わる時間があった。なにもかもが、普通の顔をしてそこにあるのに、それが不思議すぎて見つめないと気がすまないことがありませんか。じぶんしか知らない過去がじぶんの中にだいじにしまってあって、かれらはちゃんと目の前に視えているのに、なつかしくてたまらずに泣き出してしまうことがありませんか。そんな日がわたしには、たまにおとずれる。あなたが、生きることがむずかしくてしんどいと告げてくれた夜、「だいじにしている言葉をひとつおしえてあげる」と二度繰り返したそのわたしの生きている理由は、どれくらいあなたをすくえただろうか。わたしはずっと、ほんとうにずっと、いちばんそばにいる誰かをじぶんの手ですくいたくて、そのために生きてきたような気がする。小さい頃、ママが夜遅く仕事に出かけていくとき、玄関の鍵の閉まる音と車のエンジンのかかる音を聴きながら、朝起きたら無事に帰ってきていますようにと布団の中で祈った。ママに起こり得る不幸をぜんぶ先に予想しておけば、ママはそれをさけられるはずだと今思えば変なルールをつくって、眠るまで数えつづけた。いまでもそのくせは抜けない。わたしのこの絶えることない心の波のありかたは、手にとるのがもうむずかしいくらいに、すべてにとけこんでしまっている。ほんとうは自分こそが、天使に生かされているのだと気づいたのは、はじめて泣きながら猫を抱いたときだった。まえにもこんなことが、何回も何回もあったような気がした。こんなに小さないのちの、みえないほど大きな光りの輪のなかでわたしは、生かされているんだ、その景色を、その悲しみを、その愛しさを、わたしはずっとずっと知っていたような気がした。

「こういう気分のとき、あたしは歌を歌ってたような気がするんだ。だから、なにか歌を思い出せればいいのに、って。」

今こうして生きていることが、永い夢をみているのとおなじなんだとしたら、わたしはいつかすくえなかったひとに、覚えていずともきっと出会い、すくいたいと祈り、何度でもそのひとのもとを訪れて手をとるだろう。なれなかったものになりたいと願い、自らの罪を知りすくいを求めるだろうし、苦しいことも悲しいこともほかの誰かへ向けるためのやさしさに、きれいに変える方法をみつけるだろう。

そして、わたしが天使になった日、今よりずっとやさしくてつよくて、怒りや憎しみがうまれるときも心は冷たくなくて、ちゃんとあったかくて、からだはどんなによわっていても絶対に死んだりしない。

ラッカたちがあの世界で成し遂げるべきとされていることは、わたしがこうして生きている今、ほんとうにやりたいことなのかもしれないと、彼女たちの明瞭な、夜明けのようにうつくしい生活と、あいまいな、雨の夜のようにやわらかい感情に、ふれるたびにおもう。

あなたは傷つき、こわされ、影を知るひとだ。それゆえに、あなたはきれいだ。
海

海さんの鑑賞したアニメ