死にたいと書けなくなっていくことが詩歌を書くということなのかもしれないと最近はおもう。こんな社会の中でこんな思いをしてまでなぜ生きていくのかと考えない日のほうが少ないけれど、わたしは死にたくなく、殺さ>>続きを読む
愛猫をつれて、動物病院に駆け込んだ夜のことを思い出した。寝静まった町で病院の窓だけが明るかった。中に入ったら、いつもの待合室が、いつもよりもずっと白く、光って見えた。受付の奥には看板犬の子がいて、尻尾>>続きを読む
とても感動したんだけど、これを観た日から毎日ずっと絵を描きたい気持ちが止まらなくて、感想を書く時間も取れなかったせいで、その感動のあざやかな部分はもうすっかり忘れてしまった。
自分にとっての“絵”>>続きを読む
あの光が人であること。それがわたしにとってアイドルのすべてなんだと思う。わたしが世界でいちばん好きなアイドルはもう卒業したあとのひとだから、うたちゃんの言葉でずっとずっと胸が熱くなる。「きみが覚えてい>>続きを読む
愛しているひとを花のようだと言うのは、花を好きなひとだけだと思う。人がおのおのに持っている辞書は、たぶん五十音順には並んでいなくて、わたしの辞書には、これまで出会い覚えてきたたくさんのたくさんの花の名>>続きを読む
104期の活動記録にて梢先輩が花帆ちゃんのことを「笑顔が好き」と語ったときに、わたしはかつて絢瀬絵里さんが高坂穂乃果ちゃんのことを「まっすぐ前を見つめる瞳が好き」と語ったことを思い出したのだけど、こ>>続きを読む
記憶の話だと思った。このひとは、雪の日に社会に戻っていった人として、運針がすごく上手だった人として、陰口を言ったら一瞬だけ怖い顔をした人として、コスモスの束を握りしめて自転車を漕いでいた人として、夕立>>続きを読む
「七つ前は神の内」と言うように、子どもたちはいつも少しだけ、こちら側じゃないものから名前を呼ばれているのかもしれないと考えることがある。幼い頃、変なものに出会った(出会っていた)経験がない人はいるんだ>>続きを読む
そこに映ってるものの奥側について考える時間があまりにもない映画だった。この映画が何を言いたいのかも何を“解放”と呼びたいのかもまったく分からなかったが、生理が止まるほど体重を減らしたりそこまでして得ら>>続きを読む
海を見るといつでもおもう、海は動物や植物たち以上に季節を知っていて、季節の姿をしている。わたしはいつも、波の音を聴いたり、そこで生きものに会うたび、体や形や名前みたいなものから剥がされ、ただいのちに>>続きを読む
以下 三部作を跨いだ感想です。
結局わたしにとってホラーとは、弱い者の魂を守るための儀式であることを、確かめることができた。この器の中では、痛みだけが力となって、かれらは倫理で測りきれない正しさについ>>続きを読む
生きているひとたちの姿が美しくて涙がでた。この道のさきに空があって、生者のたましいも死者のたましいも、そこまで浮かんでいくのだろう、とおもった。そのようすが映っていた。ふと思い出した。お盆に親戚で集ま>>続きを読む
祈りを存在させるものが言葉だとして、ゆきをはなに見せるものが歴史だとして、神さまや霊を存在させるものは、ひとなのだとおもう。そこにいると感じるのは、ひとが長い時間をかけて“そこにいることにした”からで>>続きを読む
去年の秋、連休初日、遊びに行く人たちとその大荷物であふれかえった広島駅行きの電車に乗って、この映画を観に行った。電車では潰されそうだったのに、劇場はわたし以外だれもいなくて、静かで、たくさんの赤い椅子>>続きを読む
わたしもあなたも、別れても もう会えなくても いつか死ぬだけのいのちでも、大丈夫。そうおもって生きてきた。やっぱりだいじょうぶなんだ、っておもった。それが、わたしにとって、映画なのかもしれない。きょう>>続きを読む
わたしの中に積もっていく記憶を海と呼ぶなら、歴史が持つ海の波は、どんなに悲しく鳴ることだろう。この水の中をあなたは わたしは「わたしたちは、永遠に泳ぎ、永遠に生きる」。ただ映画を観た、という感覚がない>>続きを読む
「復讐は何も生まない」で引き返せば綺麗だけれど誰もそんなものが見たいわけじゃないだろう、っていうシフトがいつも最高だ。あの冷たく燃える目、美しい儀式として行われる復讐。物語の中に描かれる人類の滅亡は救>>続きを読む
いのちにさわっていた記憶だけがいつも永遠みたいに残る。消えない。呼吸 鼓動 声と仕草、あなたのあたたかい寝息にわたしの胸が湿っていたこと、重ねた手の影絵であそんで笑ったこと、それがわたしの中にずっとあ>>続きを読む
人生でいちばん好きになったひとが、雨の日でも傘を差さないひとだったことを思い出した。わたしも差さない人だから、ふたりとも濡れるしかなかったことを思い出した。それでいいっておもえて、それだからうれしかっ>>続きを読む
レインはリプリーとよく似ているとおもう。明瞭で、判断力があって、守りたいものがある、“生き残る”力に長けていて、何よりも優しく、だけどその優しさが弱さになる場面が一度もない。強さである。それは銃弾の代>>続きを読む
このレビューはネタバレを含みます
一人の女性と一匹の猫が、たったふたりきりで、孤独と絶望を映しているような真っ暗な宇宙の中、緑の地と青い海を目指して眠りにつくこのラストを、どれだけ愛しても足りない。小さな部屋の中に満ちるわたしを生かす>>続きを読む
詩人にとって言葉が翼であるように、あなたにとって愛が翼でありますように。舟でありますように。森でありますように。雪のように降って、月あかりのように注いで、海のように満ちていくものでありますように。あな>>続きを読む
絵や言葉や音楽になるまえの、心の中にひろがる夕焼けや、心の中で束ねられた花たちは、永遠にわたし以外に見せることはできなくて、だからせめて冬の夕方、この胸に花束を抱えている気持ちであなたへ向かう。絵を描>>続きを読む
夕方、帰り道の途中で、ふと立ち止まって見上げる街路樹がわずかな風にもゆれているのを見ると、わたしはそれだけで、いらないことをすべて忘れて、大事なことだけすべて、ちゃんと思い出せるような気がしてくる。だ>>続きを読む
うたって、どうしてうたいたくなるんだっけ。暗やみでまるくなるいのちに、よくねむれますようにとうたううた、ゆうがたの燃えるような赤い空に、胸のうちを聞かせたくてうたううた、神さまのお気に召されるように、>>続きを読む
こどもの目をしたまま、見なくてはならなかった光景のひとつひとつが、まるでこの世で最も美しいものであるかのように映し出されていく。血を流し横たわる冷たい体、そこに落ちる影と、にわかに訪れる静寂、うつむく>>続きを読む
好きになる映画を観てるとき、「いつか出会う運命だったんだろう」と思うときと、「出会わないまま死ぬことにならなくてよかった」と思うときがあって、この映画は最初から最後まで後者だった。わたしの中にある、あ>>続きを読む
雪が降った朝に、こどもたちがマフラーも帽子も脱ぎ捨てて走り出すように、わたしたちは別れて、今は裸になった木が、次の春にはまた葉をつけるように、わたしたちは出会って、それはすごくさみしいことのようなのに>>続きを読む
役場の裏でひっそり咲いている花を見たときに、おもいだすいのちがある。それはほんとに魔法で、わたしを抱きしめるし、わたしを遠くまでつれていくし、わたしを生かす。今年お盆休みのあいだに、ずっと闘病していた>>続きを読む
かさなって。かさなっていく波は、自分の手のひらに、いちばん似ている気がする。ふくらはぎを撫でられても、ひざを掴まれても、いやじゃなくて、かといって良いわけじゃない。だけど安心する。目をとじたらもっと。>>続きを読む
欲しかったものをいくつ手に入れたって、ほんとのかがやきは自分の胸の中にしかないことを、なんだか思い知った。帰りに車窓から夕焼けを見て、なにもかもうしなっても大丈夫そうだとおもうことがある。猫の毛なみが>>続きを読む
うつくしい風景のまんなかに、そのひとが立っているのを思い浮かべて、そして少し泣きたくなることが、わたしにとって愛のひとつのこたえだ。重ねられた筆の跡を見ながら、玉ボケの光のひとつずつを見ながら、そこに>>続きを読む
恐怖がまだ、姿も意味も持っていなかった頃の記憶の中に、ねじ込まれるというか、引き摺り込まれるというか、終始そういう感覚だった。その場所を確かに知ってる。ひとりぼっちだ。静けさが波打つようだ。顔のすぐ近>>続きを読む
あなたが、たとえわたしの目のまえで命を絶っても、わたしはきっと、長く生きたいと願うとおもう。毎日、ひとり残されたさみしさに苦しんでも、夜遅くまで語りあった記憶が恋しくても、病院の蛍光灯のもとで時間がど>>続きを読む
夢の中でだって会いたいひとと、ほんとうに夢の中で会えたとき、わたしはきっと現実でそうするのとおなじように、静かにおなじベッドの中で朝を待つとおもう。ほかには何もしない。だって大事なものはぜんぶそこにあ>>続きを読む
たまに、逃げ場などなく、画面に映されている人や状況が、まるで自分の今の世界のすべてを占めているみたいに、目の前に迫って感じられる。この人のために自分ができることは何もないなと思うこともあれば、何かでき>>続きを読む