モトメ

キノの旅-the Beautiful World-のモトメのレビュー・感想・評価

キノの旅-the Beautiful World-(2003年製作のアニメ)
5.0
"Serial experiments lain"で知られる故・中村隆太郎監督の怪作であり、アニメの一つの到達点。

自分は一度見た作品はよほどのことが無い限り見返さない性質であり、特に時間尺の長いアニメに至っては皆無であるのだが、この作品に限っては時たま見返したくなる不思議な魅力に溢れている。

原作である『キノの旅』はライトノベル全盛時代の礎となった作品であり、僕自身も思春期の多感な時期には大いにハマッたものである。しかし今にしてみれば、原作はあらゆる面においてあまりにも拙すぎる部分が目立ち、内容は驚くほど空白であり、大人の読書に耐えられるクオリティでは到底ない。ティーンエージャー向けの哲学、と何処かで評されていた通りの作品である(その拙さこそが、読書に憧れても難しいことはよくわからない当時の思春期の子供たちとの、優しい化学反応を起こしたのかもしれないが)。

しかしこの2003年版のアニメシリーズでは、明らかに、その拙さが良い方向に働いた。アニメーション化するにおいて埋めるべき空白、足すべきクオリティ、再構築と再解釈の余地と独特の時間尺。その通常の原作より大きめの余白こそが、演出の鬼才たる中村隆太郎が腕を振るうための、ちょうど収まりの良い空間を提供したのだろう。

演出は言わずもがなで全てがバキバキにハマっているが、特に心地良いのは音響。監督自身も相当拘ったらしいモトラドの駆動音は、静かで淡々と進行する作品世界に鳴り響くたび、文字通りエンジンが起動するが如くハッとさせられる。

小説・漫画をアニメ化するというのは、つまるところ、原作に具体的な時間尺と映像・音を加える作業である。本作の予算は決して大きいものではなかっただろうが、監督はその予算内で画を作りこみ、動かせない部分は音響と演出で大いにカバーした。音響はあまりに良すぎるため、画面を必要以上に動かさないのがかえって気持ちいいほど。アニメ化の一つの見本、到達点と言えるだろう。

これだけの才能を有した監督がすでに亡くなり、より多くの作品を自由に生み出してくれなかったのは本当に悲しむべきことである。しかしその腕を振るうことができる原作と出会い、仕上げてくれたことは、喜ぶべきことである。

ちなみに2017年の新しいアニメ版は驚くほどクソである。
モトメ

モトメ