このレビューはネタバレを含みます
これ単体の内容については、長期シリーズの完結編として完璧なものだったと思う。どのセクションを取っても進撃の巨人アニメシリーズの締めくくりとして相応しい。
唯一難をつけるなら、話数を映したカットのフォントがダサいくらいか。
見終えた後にシリーズを総合して原作も含め、進撃の巨人とは何だったのかと考えると最初に思い浮かぶのは強烈なドラマの数々。
個人的に好きなエピソードだとベルトルトをアルミンとエルヴィンのどちらに食べさせるかのエピソードや獣の巨人への調査兵団の突撃があるけれど、全体を通して強烈なコンフリクトの中でキャラクターが必死の決断をし実行するシーンが印象に残る。
壁の中に閉じ込められ外には巨人がいる、という状況設定から巨人に喰われるという残酷な世界観が構築され、「この世界は残酷なんだ」というセリフに代表される一方で、単純に世界に立ち向かう話であったかといえばエレンやエルミン、エルヴィンはじめ調査兵団は「壁の外の世界を知る」という狂気じみた目標を掲げていて、それは作中での実利を伴った調査に留まらず、各キャラクターの内面的な衝動に支えられている。
だから作品構造的に要約すると、「残酷な世界に対してそれでも抑えきれない衝動をもったキャラクターたちの物語」であり、その選択の果てが地ならしだったという最後のエレンとアルミンの会話に集約されるのだと思う。
ヒストリアに触れ未来を知ったことでエレンは、早い段階で自分の衝動と決断の結末を知る。進撃の巨人の未来視という設定はエレンの決断の結果の先取りであり、未来と過去に対しても影響を及ぼすのはエレンの衝動が生まれ持った不変の性質であることの表現なのだろう。エレン自身、未来から逃れようとして失敗しているし。
自身の個人的な幸福を捨て、友人や仲間を死なせ世界を破壊し尽くす。そんな自らの衝動に対する悲哀の印象が残る作品だった。
エレンの行いに対する作品内での回答のひとつはもっともメタ的な視点に立つ始祖ユミルであり、彼女の終盤の行動の解釈がそれになるのかなぁと思っている。
スタンダードに読み解くとユミルは巨人を作り続ける自分に大虐殺の未来へと突き進むエレンを重ねており、ミカサがエレンを愛しているが故に殺したことでフリッツ王への一方的で報われず終わりのない愛情に終止符を打つことができ、長い呪いが解かれ巨人作りから解放されたということになるのだろうか。
そう考えると、ユミルの呪いとはユミル自身にかかった呪いであり、巨人のいない世界=ユミルにかかった巨人を作り続けるという呪いを解くことで、それは強烈な衝動で突き進むエレンだからこそ成し得たことなのかな、など思ったり。